副題:外堀を埋め始めた話バルデシオン委員会の分館まで、オレのファンだとかいう女の子たちが押しかけてきてる、とオジカから連絡を受けたとき、既に休憩しようとメインホールから出たところで、そのオレを見つけた彼女たちはオレを見つけると、物凄い剣幕で詰め寄ってきた。
「グ・ラハ・ティア! お前、英雄さまを放ったらかしにしてるんじゃないでしょうね!!」
多分、オレじゃなくてあの人のファンだな。
「とりあえず、あの人絡みで何かあったってこと、でいいか?」
「知らないの!?」
「あちこちで、色んな奴とデートしまくってるって、話題になってるのに!?」
「は!? 知らない! なんだそれ!」
ところどころオレに対する罵倒のようなものが混ざった説明をひとしきり聞くに、どうやら、ここ数ヶ月であの英雄とデート出来る方法がある、という噂が出回っていて、それを実践するやつが増えているらしい。
いい冒険のネタがある、と誘えば、ほいほいついていってしまうので、結果、一緒に食事でも飲みでも出来るのだとか。確かに情報収集で酒場を利用することも、そのまま一緒に酒を飲むこともあるのは知っている。
そしておそらく、彼女自身の感覚では情報収集程度の認識しかないだろうから、気をつけてとも止めてくれとも説明しがたい。
ちなみに、まだ付き合ってない、ということは彼女たちが怖くて言えなかった。
「ラハくん。これ、放っておいていいの?」
「見かけたら連絡してもらうように、皆には話しておく。実際見てみないと分からないからな」
「そうね。本当にただの情報提供の可能性もあるのだし……」
見てみなくても、十中八九そうだという決めつける感覚が自分の中にあった。全く面白くない。彼女をデートに誘いたいやつがいるということが、少し、だいぶ、かなり嫌だ。しかもオレとは暫く会ってないのに。
みんなに連絡して、数日。知り合いにも声をかけておいたらしいサンクレッドから連絡があった。
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「あれ、珍しいね。どうしたの?」
「ちょうど見かけたから」
装備はいつも通り、小手だけ外して、槍と一緒に足元に置いている。バニラと苺のアイスクリームが乗ったパンケーキを食べていた。よく見ればメープルシロップとパンの欠片が唇についていて、オレが自分の唇を軽く指でつついて見せれば、ハッとしてペロリと唇を舐めた。
「この人が、耳寄りの情報があるって。あ、時間があるなら一緒に聞いていく?」
「なるほど。そういう感じか」
「なにが?」
「あのー、そのお兄さんは、だれ?」
「こいつはグ・ラハ」
「一応友達で、元暁の仲間だ」
彼女の隣に座る。困った顔をした青年は、それでもメニュー表をオレに差し出してきたので、とりあえずコーヒーを頼んだ。別に払わせるつもりは無い。彼女の食べているパンケーキ分だって、払わせてやるつもりは無かった。
コーヒーが来るまで、美味しそうにパンケーキを食べている彼女を眺める。青年はなんとも気まずそうに、だがそれでも、目的である彼女の食事姿をきちんと見ているところは強かだ。
コーヒーが届いたことで視線を店員に向けると、店内の人々が、どうにも修羅場の気配を察知してこちらに意識を向けていることに気がついた。ことを荒立てるつもりは無いが、さて。
「オレも冒険者の端くれだ。一緒に話を聞かせて貰おう」
それもこれも彼次第だろう。
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青年が、話は以上だからこれで、とか去っていったのを見届ける。伝票を押さえた時の表情が少々可哀想だったかなと思わない訳でもないけれど、些細なことでも譲りたくないことはある。青年は、きちんと話はしてくれたが、これはなんというか。
「あんたにも分かったか?」
「冒険小説の内容だったね。本当にあるかもって噂が出回ってたのかな」
「信じる?」
「全く信じない訳でもないけど、既知のネタって感じだ」
「そうか。それで、だ」
「ん?」
オレは腕を組んで、隣に視線を向けた。こちらを見ているその表情は、なにかを察してか少し固い。
「堂々と、浮気か?」
その表情が、呆気にとられたように緩んで、それから少し楽しげに口角が上がる。付き合ってるわけでも無いから、冗談だと思ったのだろう。
「噂では、適当に冒険のネタがあるといえば、あんたをデートに誘えるとかなんとか」
「デートしてないよ」
「美味しいもの食べて話して、しかも相手はあんたとそうやって飯食ったり酒飲んだりすることが目的で誘ってるだけだ。デートじゃないならなんだ?」
しかし、流石にオレの言葉を聞いて、冗談の類いでは無いと分かったらしい。少し考え込んで、ため息をついた。諦めのような、どこか冷めたようなそんな空気になる。言葉を選ぶべきだった、言い方ってやつがあるだろ、と少し後悔をする。冗談めかして言ったって、この人はきちんと理解してくれる。嫉妬心をぶつけてどうするんだ。心配だったということだけで十分だと言うのに。耳も尻尾も彼女にしては分かりやすく元気を失ってしまったじゃないか。
「……そういうことか。どれも嘘っぽい話ばかりで、どうなってるのかと思ってたんだ。全く、何が面白くて、そんなことを」
はなから何かがおかしいと思って、調べる意味もあって片っ端から敢えて受けていたのだろうか。自分が目的だとは知らずに。
オレの表情が強ばっていることに気が付いたのか、空気を緩めて苦笑した。
「今更、言い訳にしか聞こえないだろうけど」
「大丈夫、そんなことない」
「そろそろ、気軽に誘える冒険が、欲しくて。その。君を」
「……あんたって、可愛いな」
「今のどこにそんな要素があったの」
へらりと笑うジルの肩を抱き寄せて、もう一度、可愛い、と言えば、頬が少し赤くなった。これなら効くのか。その頬にキスをして、それにはあまり反応がないけど、これくらいで十分だろう。あとはここから広まるだろう噂がどうにかしてくれる。
「でも、そっか。面白半分で遊ばれてたのかあ。なんか悔しいからオムライスも頼んじゃおう。グ・ラハは何か食べる? 奢るよ」
「同じのでいいよ。それから、オレが出す」
「割り勘」
「オレが、払う」
「仕方ないな、次回は私が奢るからね」
店員を呼んで、オムライスを頼んだ。食べ終えたパンケーキの皿と、飲み終えたコーヒーのカップも回収してもらった。食事の邪魔になりそうな腕の装備は外して、椅子の下にある籠に入れておく。
手持ち無沙汰になって、テーブルの上に置いた手を組んだり、腕を掴んだり、落ち着かない。そこに、ジルの手が乱入してきて、手を捕まえたり、逃げたり、指相撲してオレが負けたり。人前で滅多に素手にならない彼女の手のひらは、今も布製のグローブで隠れている。眠る時も、そうだ。それでも二人きりの時は、オレがそれを外そうとしても、少しだけ躊躇っている様子で、黙って見ているだけ。外したあとに、両手で包むように握ってやると、やっと安心したように息を吐くあの瞬間が好きだった。
少しのいたずら心で、グローブの中に指を入れると、小さく息を飲んだのが伝わってきた。そのまま手の甲を撫でると、今はだめ、と呟く。指を抜けば、小さく息をついた。
「……それで、あのさ」
「うん?」
「グ・ラハは何か、冒険のネタ、持ってない?」
「本当にくだらないやつなら、幾つか」
「いいね、聞きたい」
幾つかと言っても、さっき聞いた話よりも酷いやつも混ざっていて、それでもジルは楽しそうだった。届いたオムライスを食べつつ、ひとしきり話してから店を出て、最近手に入れたという武器を見せびらかしてきた。
それからちょっとだけくだらない冒険をして、そのまま野宿して、並んで眠って夜を越し、朝食を一緒に食べたあと、彼女を見送った。
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オールド・シャーレアンにあの噂が届く頃には、だけど英雄とデートしようとすると、英雄の彼氏が乱入してきてやばいことになる、とかいう尾ひれのようなものがくっ付いていた。ちなみにその彼氏はすごい赤いやつらしい。
あの時、押しかけてきた女の子たちも、その話を聞いたようだ。アゴラで買い出しをしていたオレとクルルを見つけると、近付いてくることは無かったが、手を振ってきた。それから良くやった!とハンドサイン。
「あの日、一体何をしてきたの……?」
「何って、別に、一緒に話を聞いただけだからな?」
「それに、彼氏って、ラハくんのこと?」
「……不思議だよな。オレたち、ただの友達なんだけど」
良くも悪くも視線を集めてきた人だ。好意も悪意も、全部まともに受け取っていたら、やってられなかっただろう。オレと付き合ってるのか、と勘繰られても、当たり前のように否定する人だ。この程度では、どうせ、これっぽっちも気にはしてくれないだろう。
「ラハくん」
「なんだ」
「外堀を埋める、って言葉、知ってるかしら」
「……とりあえず、買い出しは済んだから帰ろう」
「まったくもう……、あの人も苦労するわね」
デートのお誘いの代わりに、恋人はどんな奴か誰なのか、と問いかけられているかもしれないあの人に思いを馳せてみた。多分、付き合ってる人はいない、とか、答えているのだろう。
などと考えているとき、リンクパールにコール音が鳴った。慌てて近くのベンチに荷物を置き、応答すると、ジルの声。
「珍しいな! どうした?」
『どうしたっていうか。私、グ・ラハと付き合ってたっけ』
「…………付き合ってないけど」
『だよね、私が間違ってるのかと思った。ありがとう、それじゃ』
「え、ちょっと、……切れた」
どうやら少し面倒なことになっている気がする。もしかしたら少し、やりすぎたかもしれない。この分だと、彼女はしばらく、七十五日間くらいは第一世界か、無人島に引きこもるんじゃないだろうか。