ただ綺麗な友情だった、と思う。
本当に大切で、愛していて、だけどそれだけ。ときめくような、恋みたいな感情とは違った。勿論、胸がいっぱいになることはある。憧れが大き過ぎたのかもしれない。オレ達は友達だった。百年あまりをかけた執着心はあるし、オレほどこんなに想っているやつはいないと思う。そんなこと言ったら、アリゼーに叩かれそうだけど。
彼女はいつも一歩下がってこちらを見ているような人だった。オレたちが困った時は傍に来る。そのくせ、逆になると隠して悟らせないようにする。もしかしたら隠してるつもりも無いかもしれない。ともかく、そういう所が嫌で、もっと頼って欲しかった。情けなくても甘えでもいいから、教えてくれたら、話してくれたら、それが無理ならせめて、少し顔や態度に出してくれるだけでいい。寄り添ってやりたかった。だけど、彼女は全部抱え込んだまま、ちっとも背負わせてはくれなくて、オレは、多分他の皆も、いつも後になって気がつくのだ。
自分の抱えるこの思いが、愛情だと認識している。なんだって良かった。一番でいられる、一緒にいられる理由になれるなら、なんだって良かったはずだった。求めてくれるならば、兄弟でも親子でも親友でも、恋人だってなんだって、なってあげられる愛だった。
あの人は、平気な振りが得意な英雄だった。人に大丈夫だと安心させるのが上手い、笑顔が似合う英雄だった。
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空は赤く燃えていて、ガレマルドにも終末の流星が降り注いでいる。そんな景色の中で、駆け付けてくれた英雄は、オレたちを見送るように、ぼんやりと眺めていた。
オレは立ち止まって引き返した。
「どうかした?」
言いたいことがある気がする。ちりちりと胸の奥を焦がすような痛みがあった。だが、思いつく言葉は既に尽くしたものばかりだ。
「あのさ、その」
「うん」
酷く情けない顔をしている自覚はあった。彼女は、こちらの言葉を静かに待っているようだったけど、やがてオレの背後に視線を向けた。皆が向かった方角だ。
いよいよ、どうしていいか分からなくて、思わず彼女を抱き締めた。鎧が無ければもっと上手く抱き締められたはずなのに、肌に触れる温度は冷たい。
戸惑って、とりあえず苦笑をしていたジルは、やがて、おずおずとオレの背中に腕を回してくる。そのまま息をついて、頭を肩に預けてきた。唯一、体温の分かる部位だ。息が、擽ったくて、肌はあたたかい。
大して時間はない。みんなを待たせる訳にもいかない。こんなことしている場合ではないんだけど、今だけは許して欲しい。
幸い、誰かが戻ってくることも無く、もしかしたら、遠めから見てそっとして置いてくれただけかもしれない。
「そろそろ行かないとだけど、大丈夫?」
「オレは、まあ、うん」
「それなら……」
頬を撫でてやると、擽ったそうに口を噤んだ。気が緩んだ顔だ。その表情いいな。なんとなく閉じられた唇を指で触れて、そしたらびっくりしたように耳と尻尾が立ち上がった。目もまんまるになっている。
「ごめん」
「だいじょぶ、うん」
口では言いながら、指先を離すことが出来なくて、そのまま撫でるように指を動かす。震えている。それから柔らかくて、熱い。でも乾いていて少し切れて血が滲んでいる。痛そうだ。
「ちょっと、しつこい」
「え、あ! そうだよな……!」
「さっき切れたんだけど、気になる?」
「そう、その。痛そうだなって」
手を離して、一歩下がる。取り巻く温度が一気に冷えた。指先に微かに残っている体温にばかり意識が向いてしまう。
踵を返して皆の足跡をたどって行く。ジルは何も言わずに付いてきていた。幾分か頭の中も切り替わって、冷静さを取り戻せた。それから少しして、背後の足音が止まった。
「グ・ラハ」
「ん?」
呼ばれるがまま振り返ったら目の前に彼女がいた。反射的に、ぶつからないように仰け反ったが、両手でオレの肩を掴んで引き寄せてくる。外された小手が、雪の上に落ちているのを視界の端に見た。
目を閉じるところを、目の前で見た。
「え」
気の抜けるような声が口から漏れた。そのまま唇が触れる。でも、口を固く閉じすぎているらしくて、思ったより柔らかくない。すごく下手くそだ。
少し離れると、困ったような、不満そうな顔でオレを見てくるので思わず笑ってしまった。眉間にしわが寄っている。
「ええと、そうだな……、噛み締めたらダメだ。楽にして」
「むずかしい」
「じゃあ、息を止めないで、まずはゆっくり口から吐いて」
息を吐いたら吸って、二、三度繰り返したら、力が抜けてきたようだ。自然と口を閉じたので、その唇にキスをしてやった。うん、大丈夫そう。そのまま柔らかい唇を食む。小さく呻き声をこぼした。肩を掴む指の力が強くなって、いや、少し強すぎるというか痛いんだけど、後で痣になるだろこれ。反応自体は可愛いのに。
「肩が、ちょっと痛い」
「ん、え?」
「大丈夫か?」
頬が赤い。目に少し涙が溜まって、揺れているように見える。そんな顔をさせているのが自分だってことが、堪らなかった。
「ん、ふふ、かっこつかなかった」
「ものすごく下手だったな」
自然と口角が上がってしまう。どちらともなく控えめな笑い声が出てきた。額を寄せ合って、別に聞いている人もいないけれど、内緒話みたいに小声だった。
肩を掴む手から力が抜けた。手のひらは手首まで布で巻かれて隠れている。指も、皮膚が擦れたような水膨れや擦り傷があって痛々しいけれど、それはこの人だけの話ではない。
「ごめんね。グ・ラハ」
「……なんで、謝るんだよ」
答えは無かった。酷く優しい笑顔だった。
そのせいで、この人の心に寄り添いたくて、どうにかしてやりたかったことを思い出したし、そんな焦燥に追い詰められていたオレを慰めようとしてくれたのか、なんて気が付いた。
だから、キスに込められたのは、下心ではなく優しさだ。それが何となく、悔しい。