僕と皆の間にあるものは、なんだろうか。決定的に違うこと、間違いなく別物であること。年齢か、死することさえ出来ない身体か、時が止まり続けている僕すべてか。
それは線ではない。溝だ。僕の居る場所と、皆がいる向こう側。明確に分かたれた溝が、その間にはある。深い渓谷さえ思わせるようなそれに何を詰めようとも、埋めようとも、埋まることなんてない。
誰もが僕を置いていく。その事実だけが溝の中で口を開けて笑っている。
「もちさん」
アメジストの目映さは、何をくれたんだっけ。気の抜き方とか、難しく考えないための方法とか、気負わないようにする息の抜き方とか。思い悩まんでな、なんてどうやったって難しいことを僕に言いのけて笑っていた気がする。
でもあの掌が、温かかったことは今でも覚えていた。それを、僕は溝の中に置いていく。
「もちさーん!」
アクアマリンの煌めきは、何をくれたんだっけ。誰かと歩幅を揃える方法とか、疲れてしまった時に休むことだとか、詰まった時は一度立ち止まることだとか。出来る限り一緒にいますからね、なんて時間が経てば有耶無耶になってしまうことを僕に言って、微笑んでいた気がする。
でもあの声が、柔らかかったことは今でも覚えていた。それを、僕は溝の中に置いていく。
「剣持さん」
インペリアルトパーズの輝きは、何をくれたんだっけ。過ぎ行く時間の中でも絶対に掴んでいなくちゃいけないものだとか、ちょっとしたずるの仕方だとか、大人としての振る舞い方だとか。貴方はそのままでいいんだ、なんて摩耗して分からなくなっていくだけのことを僕に言って、真っ直ぐな瞳を向けていた気がする。
でもあの背中が、教えてくれたことは今でも覚えていた。それを、僕は溝の中に置いていく。
時間という波が、僕の中の僕たらしめるものを削り、摩耗し、無個性にしていく。あの頃は確かに僕が在った。在るようにさせてくれていたのは周りが居たからだった。誰かが無ければ、僕の個性も特異性も在ってないようなものだ。比べる対象さえいないのだから。それを比べてくれる者さえ、もう居ないのだから。
崩れていく建物に、砂になっていく地面。傾いたビルの一室、呼吸もしているようでしていない僕は、もう何ヶ月も発していない喉を開いて、音を出そうとする。
「か、はッ、ひゅ、」
ほら、まともに声さえ出ない。言葉さえ失われてしまった。何も語れやしないなら、最早それが僕である意味も、存在の確立も、あんなに与えられたものひとつさえも掬えやしない。
僕が僕である意義は何だ。それを形づくる者も、物も、モノも、すべて腐り、壊れ、風化し、灰になったんだ。誰も生きてやいない都市で、僕を──剣持刀也であると肯定するものなんて、もう、とうに。
溝の向こう側には、もう誰もいない。あんなに沢山居たはずの仲間たちも、僕に様々なものをくれたあの三人も、声をかけてくれた有象無象の人々も、すべて消えてしまった。縫い留められた僕を置いて、誰も彼も、何もかも。
「……──もう、待つの、疲れたな」
終わらないかくれんぼ、見つけてやくれない鬼、迎えに来やしない掌。崩れ落ちた室内、壊れてしまった機材、誰にも届かないチャンネル。
誰だよ、ずっと高校生なら青い春し放題だねなんて言った馬鹿は。もう、空さえ青くないじゃないか。