第四本目 加賀美ハヤト 「ホテルの最上階」 昔、まだライバーになる前の話をひとつ、話させてください。
仕事の出張の折に、とある地方のビジネスホテルへ滞在したことがありまして。一泊二日程度の短いものだったんですが、いかんせん地方ということもあってホテルが少なかったようで、少し駅から離れたところに取っていただいたんですね。総務の方がせめてと最上階の部屋を抑えてくださって、チェックインしてエレベーターを降りると部屋が一部屋しかなかったんです。
実際広くて綺麗ないいホテルでしたよ。眺めも良くて、よく手入れが行き届いているなと感じました。……ただ、少し不自然なところがいくつかありまして。
まずひとつすぐに思ったのは、廊下の広さと部屋の広がり方がおかしいと感じたんです。私が当時泊まった部屋はエレベーターを出て真横に伸びた廊下の右突き当たりにありました。部屋の扉を開くと目の前に部屋があるわけですが、扉がある壁が扉に対して平行に伸びてるんですよね。四角形の面にある、と言えばいいでしょうか。扉の横の空間がへこんでいて、そこにまた部屋があるなら構造上理解出来るんですが、最上階はテラスなどもなかったので、不思議な形をしているなと思ったんです。
二つ目が、荷解きしている最中ふと、部屋の中央からやや左寄りに真っ直ぐ風呂場まで段差があるなということに気づきまして。ビジネスホテルとはいえ、こんな躓きそうな場所に段差を作るかな、と気になったことですね。一部分ならまだしも風呂場まで続いていましたし、段差ひとつ上げたところになにかあるわけでもなくて。強いていえばテレビや冷蔵庫があるくらいで、その為に段差を作るのも不可思議だなと思ったんですが、まあそういう設計なのかとその時は特にしっかり気にすることはなくて。
で、三つ目ですね。これが一番違和感を持ったんですが……風呂場に、開かずの扉があったんですよ。自分の入ってきた部屋の扉と別にもうひとつ、それも部屋の扉の壁伝いにですよ。不自然なほどものすごく広い浴室と、見合わぬほどの浴槽……あ、いえ、浴槽自体はしっかり大きかったんですよ。でも浴室の広さとは明らかに比例していない。その上で異質さを放っている開かずの扉と来たら、絶対になにかあったんだろうなと察しました。何か、気味が悪いなとも思いましたね。
その日、チェックインの時間も割と遅かったのと、翌日も早かったのでシャワーなんかの身支度もそこそこにしてすぐに寝たんです。いや、疲れていたのもあったので今から部屋を変えてもらう気にもならなかったので、まあ何が起こった時は何が起こったで対処しようと思ってました。……実際は何も被害はありませんでしたよ。ただ、夜中じゅうずっとシャワーが流れてる音がしていたくらいです。……いえ、自室のではなく、壁の向こうからですね。例の、開かずの扉があった先の。壁しかないはずの場所から、ずっと。
結局あれが何なのかは未だに分からないんですが、今でもふと思うのは、あの部屋は元々何かがあった一部屋を隣の部屋と繋げることで大きな一部屋にしたことで、あんな不自然な作りになっているのではないかなと。
まあ、知ろうとも思いませんよ。藪から棒とも言いますし、そもそも最初に言われましたから、私。ホテルのチェックインの際にフロントの方から、「最上階は一部屋のみなので静かで快適ですよ」とね。