Forever with you「しゅーちゃんにこれあげる!」
伊佐が手に持っているものを雛乃の頭に通した。チャラッと音がして、雛乃の首に何かがぶら下がる。それを手に取って、雛乃は銀色に輝くものを見た。
「ドッグタグ?」
「そ。今回の服に似合うと思って、なんと僕が用意してきました!」
「そうか」
「まったく嬉しさを感じられない!!」
大袈裟に声を上げて嘘泣きをする伊佐を、雛乃はいつもの表情で見つめる。別に嬉しくないわけではない。もらったことは嬉しい。ただファッションうんぬんに詳しくないため、どう反応すればいいのかわからなかっただけだ。
「……ありがとう」
「どういたしまして! 今回の衣装もちょー似合ってるしかっこいいし可愛いから僕心配だったんだけど、これをつけてれば安心!! だから絶対に外しちゃダメだよ?」
「わ、わかった」
何が心配で何が安心なのか一つもわからなかったが、伊佐の勢いに押され雛乃は一つ頷く。そしてドッグタグに目を向けた。二枚あるドッグタグには名前、生年月日、血液型、住所、電話番号が同じように刻まれている。落としたら個人情報がただ漏れだ。しかし最近ではドッグタグを迷子札として使うこともあるということを思い出し、迷子になった時用かと雛乃は考え直した。
「しゅーちゃん、何か勘違いしてない?」
「勘違い?」
「ドッグタグってどこで使われてるか知ってる?」
「あぁ、兵士を認識するための認識票だろ。一枚は報告用、一枚は判別用。だから二枚同じものをつける」
「さっすが、しゅーちゃん。ものしり〜」
「でも俺は兵士ではない。伊佐が心配してくれたということは……迷子になったらいけないからくれたのかと思ったんだが」
――まぁ、初めてきた場所だしな。
反郷の姉からの依頼でモデルをすることになり訪れた場所は、雛乃も迷子になりそうなほど広い会場だった。だから伊佐が心配しても仕方がないと納得しようとしたところで、伊佐が腹を抱えて笑い出した。失礼なやつだと雛乃が見下ろしていると、伊佐が涙を拭きながら顔を上げる。
「しゅーちゃんってほんと突拍子もないことを言うよね」
「お前よりマシだ」
「僕の場合はいつもだからいいんです〜」
「いや駄目だろ」
笑い続ける伊佐を呆れながら見つめていると、伊佐が大きく息を吐いて笑いを止めた。そして腕を伸ばすと、雛乃のドッグタグを持ち上げる。愛でるように親指で撫でて、伊佐は雛乃にドッグタグを差し出した。雛乃はそれを無言で受け取り、もう一度よく見る。先ほどと変わらない文字列に首を傾げようとした時、指先に違和感を感じた。二枚広げているうちの一つ。下にあるドッグタグの裏側が凸凹していることに気づく。
――何か書いてある。
雛乃は心臓の音が大きくなるのを感じながら、ドッグタグを裏返した。そこには短い英文と伊佐と雛乃の名前が刻まれている。
「これ……」
「結婚指輪の代わり……なんてね!」
伊佐がハイネックの中に手を入れる。急に何をしだすのかと思ったら、服の中から銀色のチェーンが出てきた。そして伊佐の手の中から銀色に光るドッグタグが。
「僕も同じの作ったんだ。表を見たら認識票。裏を見たら……」
伊佐が見せた裏面には、雛乃のドッグタグと同じく英文と伊佐と雛乃の名前がある。
「くっつけたらハートになるようにしよっかなぁとも思ったんだけど、さすがにしゅーちゃんに嫌がられると思ってやめた」
「……それは正しい判断だな」
どんどんと熱くなる顔と目頭をなんとか抑えようとしながら、雛乃は言葉を返した。声が震えた気がしたが、伊佐は揶揄うことはせずに優しい瞳で雛乃を見つめてくる。
「しゅーちゃんは魅力的だから、他のモデルさんもほっとかないと思うわけですよ。だからしゅーちゃんは僕のですーって証」
「……ほっとかれないのは伊佐の方だろ」
なんとか絞り出して言い返し、雛乃は伊佐の袖を握りしめた。自分が声をかけられることは万に一つもないと思うが、目の前の魅力しかない男はたくさん声をかけられることだろう。だがしかし、伊佐自ら雛乃のものだと刻印されたドッグタグをつけているという。そんな事実、嬉しくないわけがない。
「困ったことがあったら、タグを見せるんだよ」
「やだ」
「なんでっ!?」
慌てる伊佐を見て、雛乃はかすかに笑みを浮かべる。伊佐の気持ちが込められたドッグタグを人に見せることなんてできないと思った雛乃だった。