静ちゃん、三途の川にてルークさんと会うの巻静桜。遠山静桜。俺の、可愛い子。
あいつは頑丈な長男と違って病弱で、淡い色の服が似合う儚げな子だった。
……あの日までは。
見た目こそ変わらず可憐なままだったが、静桜の異変には誰もがすぐに気づいた。
喪服のごとき黒を好み、下卑た表情を浮かべ、何よりとても丈夫になった。
いや語弊がある。
静桜は不死身の化物になっていた。
いつの間にか化物の皮に昇華させられていた我が子に対し、生じる感情はいくつもあったが、思う事はひとつ。
護らなければ。それだけだった。
静桜の皮を想い、愛すために、俺はあらゆるものを踏みにじってきた。
家族もだ。
結果、家庭を崩壊に導いた俺のことを、あいつらは恨み倒しているだろう……という予想は死ぬほど当たった。
「あ、起きた」
目を開けたら、居ちゃあならない人物の姿が視界いっぱいに存在していたものだから、俺は思わず「ぎゃあ」と言ってしまった。
我ながらやる気のない悲鳴だった。
「人の顔みて第一声がそれってどういう事だよ神父さん」
「すいません、借金取りと間違えました。ずいぶん懐かしい面の皮ですね、ええ」
「あんたまだ借金なんかしてんのか?いい歳して情けないぞ?もっとしゃんとしろよ」
「ハイハイ善処いたします」
十一年も前、俺が間接的ではあるが殺害した少年が、目の前にいる。
こいつは確かに死んだはず。
首を斬り落とされたのを見届けたから間違いない。
ということは。
「此処はあの世ってやつです?」
「んー。それに近いかな」
ルークはもったいつけるように首を傾げてみせる。
「俺やっぱくたばった感じですかァ」
「神父さんはまだ死んでないよ。生死の境をさまよってるだけ」
なるほど三途の川というやつか。
ここ日本じゃないのに、というツッコミはしない方が賢明だろう。
空気を読むのは日本人の美徳である。
「お前は何でまだこんな所に居やがんです。とっくに死んでんでしょォ」
「色々と伝えたいことがある」
有無は言わさない、黙って聞け。
笑顔のわりには、そう言いたげな威圧的な目で、ルークは俺を見た。
「……、何でしょう」
「一つ目はラスカルのことだ。神父さん。俺、昔言ったよな。ラスカルのこと女の子として大好きだって。愛してるって。それは死んでも変わらないんだ」
「聞いたし知ってます。でも無理ですよォ。いくらお前らが好き合ってようが生者と死者は同じ世界では生きられねェ」
「うん。だから連れていく」
「あん?」
「このままじゃ触れ合えない。伝えられない。だからラスカルを連れていくんだ、こっちの世界に」
信じられないものを見る気分だった。
ルークが、あの臆病で温厚だった少年がこんな事を言うとは。
死んで性格が変わったようだ。
「あいつを殺す気ですか?」
「俺は殺さないよ。どの道ラスカルはもうすぐ死んじゃうだろ?ずっと俺を待って、何も考えずにあの場所にいればよかったのに。なんで約束破っちゃうかなぁ」
悪意たっぷりの台詞に、俺は正直に気分が悪くなる。
「ルーク。お前、ずいぶん性格が悪くなりましたね」
「どの辺が?」
「今のお前に似た野郎を知ってます。そいつと同じクズにだけはなって欲しくはなかった。だから俺が父親代わりになってたんですがねェ」
ルークは、不意に笑い声をあげた。
せせら笑うというのが正しいのか。とにかく嘲るような笑い声を。
何がおかしいのかと睨めば、ルークは胡乱な目で俺を見つめる。
「二つ目はまさにそれだよ。父さんの話だ」