じゃんけんぽん俺は昔から手癖が悪い。
社会人になってもその癖は直ることなく、むしろ健在だった。
「おまえさん、まーたやったんか」
「すいません」
俺の所属は庶務課。
会社の備品をパクろうと思えばいくらでもできる立場にいるものだから、それはもう盗むしかない。
上長のミフネさんは、いつも俺を叱りはすれど、「しゃーないのう」と大目に見てくれる。
とても良い人だ。都合の、いい人。
「おまえさんなぁ、わしが言ったこと聞いとったかね?」
「はあ、何でしたでしょうか」
「仏の顔も三度まで、じゃよ。これでもう三度目じゃ。知っとるか」
「はは……でも優しいミフネ課長なら許してくれるでしょう?」
申し訳なさそうに見えるようにと俯いていた顔を上げて、思わず息を飲んだ。
ミフネ課長が、いつもの朗らかな表情をしていなかった。
微笑みはそのままだったが、目が違う。
底冷えするような、憎悪の目。
「ほうか、許して欲しいんじゃな、おまえさん」
「えっ……はい」
「じゃあ、ゲームしよう。じゃんけん三回勝負じゃ。おまえさんが勝ったら許したるよ」
「じゃんけん?」
改めて見るとミフネ課長の目つきが、元に戻っている。
じゃんけんか……なんで急にじゃんけんなのか。俺は別にいいけど。
「ほいじゃあ行くぞぃ」
「はい、じゃーんけーん」
ぽい、と言う掛け声とともに手を差し出した、はずだった。
が。
「……え」
じゃんけんは成立しなかった。
俺の、右手首から先が、無くなってしまっていたから。
視界が赤い飛沫で染まり、一拍置いて、激痛に襲われる。
「おまえさんの負けじゃな」
いつの間に持っていたのだろうか、ミフネ課長が刀に付いた血を振り払い、至極呑気に言った。
「ちょ、手、俺の手、どこ」
ミフネ課長が足下を指すので見れば、人間の右手首が無造作に転がっている。
この野郎、俺の手首を切り落としやがった。
「さあ、二回戦じゃ」
「ちょ、ちょっと待って!救急車……死ぬ……!」
「すぐには死なんよ、その程度じゃな。勝ったら救急車呼んだるから、ほい手を出せ。じゃーんけーん」
無慈悲に続くじゃんけんゲーム。
言うこと聞かないと何をされるかわからない。
反射的に左手で、チョキを出した……が。
「まーたおまえさんの負けじゃなぁ」
再びほとばしる絶叫。
今度は左手首も無くなっていた。
床を見れば、やはり切り落としたての、左手首。俺の左手首。
まさか、上司に両手を切り落とされるなんて。
絶望と恐怖でキャパシティオーバーしそうな俺に、課長は言った。
「なーにやっとるん?もう一戦やるぞ。三回戦と言ったじゃろ」
「は……!?でも、俺もう手が!!」
「立派な首があるじゃろが」
その発言に、察する。
次は首を落とす気だ、と。
「ざっけんなよ!!たかが盗み数回で、ここまでやること……」
「ほい、じゃーーーんけーーーん」
やたら伸びやかに、焦らすように、掛け声を発するミフネ課長。
その手には血塗れの日本刀が、握りしめられていて。
「ぽん」
ポップコーンが弾けるように軽やかに、掛け声が聞こえて。
あとは何も聞こえなくなった。