屋上人生に疲れたから死にます。さようなら。
SNSの海にそんなメッセージを投稿したあと、私はとある雑居ビルの屋上に上った。
ビルは四階建てで、そこまで高くはなかった。
けれど、そこは大して問題じゃあない。
何故ならば。
「どーもォ……」
背後から、声をかけてくる男がいた。
気だるく覇気のない低い声。
振り向けば、カソックを着た中年男がひとりでぼんやり立っていた。
飛び降りようとしているのが見えて、止めに来たんだろう。
「こ、来ないで!」
「そこ、危ねーですよォ。こっち来なさい」
「来ないで!来たら飛び降りるから!」
「はあ」
いかにもやる気のなさそうな態度と返答。
……期待していたものと違う。
普通はもっと慌てて、「早まるな」とか「話なら聞く」とか言って止めてくるのに。
「お前、死にてーんですか」
「……そ、そうだよ!なに、止める気!?」
「いいえ別に。死にたいなら死んだらよろしいです。……その前に、一個、頼み聞いてくれますゥ?」
男はおもむろに、ポケットからスマートフォンを取り出す。
赤いランプが点灯しているところから察するに、カメラモードを起動中のようだ。
「飛び降りるとこ、撮らせてください」
「……は」
「大丈夫。ちゃあんと死に顔も撮っておきます。さ、いっちょ飛び降りていただけますかァ……」
「ちょ、ちょっと待って!!何言ってんの?普通止めるでしょ!?」
「止める義理は無いんで。それに……」
ただの自殺ごっこだって知ってますから、と。
カソック男はカメラレンズの向こうから、私を鋭く射抜く。
真黒い瞳は、何を考えているのかよく分からないけれど、少なくとも同情はこれっぽっちもしていないと思う。
「どうすんです。飛び降りねーんですか」
「……っ」
言葉に詰まる。
まさか止めてくれないとは思わなかった。どうしよう。
飛び降りたくない。でも、今更やめるとも言えない。
「ひっ」
いつの間に距離を詰めていたのだろう、男は私のすぐ背後に居た。
ずいぶん背の高いその男は、いとも容易く私の手をフェンスから引き剥がして、空中に追いやるように背中を突き飛ばした。
そのまま滑り落ちていきそうになるが、今まで足場になっていた部分を咄嗟に掴んだ。
腕の力だけでぶら下がる私を、カソック男は無表情で見下ろす。
「た、たすけ、て」
「……」
「お願い、死にたくない、いや、いや」
「……落ちても、別に死にゃあしないでしょォ。全身骨折して生き地獄コースなだけです」
生き地獄なんか嫌だ、五体満足で無事に生きていたい。
お願い助けて、嫌だ、嫌だ、落ちるのは嫌……!
「これからは、自殺したくてもできませんねェ……?」
ずっと無表情だったその男が、微笑んだのを見届けた瞬間。
手の力が、限界を迎えた。