Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    トモナイ

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 72

    トモナイ

    ☆quiet follow

    櫻子さんを思い出すはなし

    思い出す「静」

    教会らしい十字架もない、簡素な私室。
    ストーブに半ば覆い被さる形で暖をとっているところに、そいつは現れた。
    振り向く気にもなれないでいるともう一度。

    「静。呼んだら返事しなさいよ」
    「……返事したくねーからしないんですよォ。名前で呼ばないでいただけますか」
    「あらごめんなさい静」
    「聞いてましたかこのアマ。呼ぶなと言うのに」
    「レディにアマなんて言うもんじゃないわよ」
    「失礼このアマ」

    雰囲気で「帰れ」と伝えるものの、知らぬ振りをしてニルギリスは勝手に隣に座った。
    が、無視する。
    神父様のスルースキルの高さを思い知るがいい。

    「ねえ」

    ストーブだけを見つめている俺に退屈になったらしい。
    沈黙をぶち破ってニルギリスが話しかけてきた。

    「奥さんのこと聞かせて」
    「はァ〜……?何でです」
    「聞いた事ないから。どんな人だった?セクシー系?キュート系?」

    話すなんて一言も言ってないのに勝手に聴く姿勢に入ってやがる。
    図々しい奴だ、ぶっ飛ばしたい。
    ……が、少しだけならいいかと気が変わった。

    「クソみたいな女でしたね」

    簡潔に、答えた。

    「いっつもいっつも煙草すぱーすぱー吸って、大酒かっ喰らって。おかげで俺までニコ中になりましたよ。喋っても可愛げなんかまるで無ぇし。やたら貧相な尻に敷いてきやがって。いっぺんでいいからぶっ飛ばしてやりたかったですよ」
    「ちょ、ちょっと待って、恨み節しか出てこないじゃない。何、鬼嫁かなんかだったの」
    「鬼嫁も鬼嫁。顔が良いだけで最悪の女でした」

    ニルギリスがドン引きしきった顔をしている。
    なんだこの野郎、テメェが聞いてきたんだろうに。

    「……そう。で?今は奥さんと別居中かなんか?」
    「あいつァもうとっくにくたばりましたよ」

    場の空気が凍ったのを感じる。
    俺はやはり無視してストーブの熱に集中した。

    「酒も煙草も、やめろって、何度も言ったんです。体が弱いんだから、死んで欲しくないからって。ひとりにしないで欲しいって。でもやめなかった」
    「……静」
    「体が弱いくせに『ガキが欲しい』って言うんですよ、あのアマ。理由聞いたら、生きた証が欲しい、って。産んだら死ぬ可能性たっかいの知ってて、言うんです」

    だから作った、子供をふたり。
    一人目は俺に似ていて、しかもすごく丈夫だった。
    名前は鎮巳。
    二人目は、悲しいことに、あいつに似ていて生まれた時から病弱だった。
    名前は、静桜。

    「化物に乗っ取られたガキを見て、あいつがどう思ったのか分からねェ。何も言わなかったから。ただ、自分の子でありそうじゃないモノを、我が子同然に気にかけていたんです。最期まで」

    だから俺はあの化物を命がけで護る。
    あの女が死ぬまで気にかけていた「我が子」だから。
    家庭が壊れても、誰に恨まれても、知ったこっちゃねェ。
    死んでも、護ってやろうと決めた。

    「……そんなとこですかねェ」 
    「……。……ねぇ、あんたって昔保健室の先生もやってたのよね」
    「ええ」

    そう……と呟くとニルギリスは何を思ったか、俺が占領しているストーブに触れた。
    自然な動作すぎて止められなかった。
    が、頭は何が起きたかを理解し、瞬間的に血の気が引いた。

    「ッ馬鹿……」

    手首を引っ掴んで、水道がある場所へ向かう。
    重かった腰の感覚は今ばかりはなかった。

    「なーーーにやってんですかァ、このバカ」

    水道を全開にして、雑に掴んだ細い手を水で冷やしてやる。
    こっちは怒っているのに、ニルギリスはあろうことかほくそ笑んでいた。
    申し訳なさそうながらも嬉しそうな顔で。

    「あんた、世話焼きだわ。本当に」
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭❤❤❤😭🙏🙏💒💘😭💖💖💞💞💞👍👍👍
    Let's send reactions!
    Replies from the creator