絡むイト「ねぇ知ってる? この島にあるでっかいお花って、大嫌いなヤツをツルでぐるぐる巻きにして最後には食べちゃうんだって〜」
「ふぁあ…………ん? よぉ、今日も来たか」
「あ、キャグニー。こんにちは」
お菓子の材料を買いに行こうとしたら、丁度昼寝から目覚めたキャグニーに見つかってしまった。本当はキャグニーに会いに来たわけじゃなかったんだけど……。
「にしても、お前も毎日毎日飽きねぇよな。このオレに会いに来たって別に面白いことがある訳でもねぇのによ」
「ははは……ちょっと買い物ついでに寄っていこうかと」
そう言うとキャグニーは嬉しそうに葉っぱをぴょこぴょこ動かしている、凶悪な面構えにはあまり似つかわしくない反応。ここで会いに来たわけじゃないと言ってしまうと、彼は萎れそうなほどショックを受けてしまうから適当に嘘をついておかなければならない。以前はそれで半分枯れてしまったから。
「そういえば、キャグニーって歩けるんだよね? 前、水辺近くまで場所移動してたし」
「まぁな。あんまり動きたくないから移動はしねぇけど、一応この茎も脚なんだぜ?」
地面から生えていると思った茎の胴体部分は二本の脚を束にしたものだったらしい。これで歩き回れるのなら根っこはどこにあるんだろう……。
いつの間にか足下では、地面から伸びてきたツルが私の膝下辺りまでぐるぐると巻きついていた。キャグニーと話しているといつもツルが巻きついてくるんだけど、どういう事なんだろう。朝顔が支柱に巻き付くのと同じなのかな。
「そういえばカゴもってるけどどこへ買い物に行くんだ」
「ボンボンさんのところにお菓子の材料を。余ってたら買い取らせて貰うようにしてるの。あ、そうそう。またバイトあったら教えてね、お金無いとお菓子作りもできなくなっちゃうから」
「おう……」
そう言うとなにか考える素振りを始めた。特に今は手伝って欲しいことも無いのかな。まあ私がいつもお手伝いすることといったらコンサイ一家の畑か、カジノか遊園地の清掃ぐらいなんだけど。
「じゃあそろそろ買いに行かないと日が沈んじゃうから、またねキャグニー」
「あ……またな」
名残惜しそうに返事をするとツルをすぐに解いてくれた。オレンジ色の花びらが少し萎びているようにみえるけど、大丈夫かな。軽く手を振って花畑を後にした。
ボンボンさんからお菓子の材料を買取り帰ろうとすると、どこからか幼い子供の話し声が聞こえてくる。ここは遊園地、お客さんが居て賑やかな場所だから話し声が聞こえてきて当たり前。本来なら何が聞こえてきたっていいけど、なぜかその声だけがはっきりと耳に届いた。
「ねぇねぇ聞いて、ここら西側に森があるでしょ? 知ってる知ってる?」
「知ってる知ってる〜」
「その森のどこかに大きなお花があるんだって、知ってる知ってる?」
「知らない知らな〜い」
「知ってる知ってる〜」
「見たことあるある〜?」
「見たことないない〜」
「な〜んだ、じゃあ知らないんだ〜」
「でも知ってる知ってる〜 それからそれから、ねぇねぇ知ってる? この島にあるでっかいお花って、大嫌いなヤツをツルでぐるぐる巻きにして最後には食べちゃうんだって〜」
大きなお花が……?
「知らない知らな〜い」
「知ってる知ってる〜」
「見たことあるある? 食べられてるとこ、見たことあるある?」
「ないない〜」
「じゃあ、知らない知らな〜い」
「でも、知ってる知ってる〜」
大きなお花が、嫌いな人をツルで巻き付けて食べてしまう……? 頭に浮かんだのは大きなオレンジ色のお花……だけど、まさか……そんなことあるわけない。キャグニーが人を食べるなんてありえない。ちょっと前にカップ達と敵対した時でさえ、攻撃はするけど食べるような話は聞かなかったし。
……だけど、カップ達の話聞く限りはツルで巻き付く攻撃はしてきたらしいし。そういえば、いつも私にツルで巻きついてくるけどアレはもしかして油断した隙に食べようと思って話をしながら巻きついてきて……? こんなこと1人で考えても仕方ないし、キャグニーに直接聞けば済む。だけど……もし本当に人喰い花だったら? ただの噂でキャグニーを傷つけてしまったら?
帰り道に花畑をチラッと見ると、彼は木にもたれて昼寝をしていた。……もし聞くとしても無理やり起こす事になるし、今のタイミングじゃないね。そのまま家に向かってお菓子作りを始めた。
2日後、家にカップ兄弟が遊びにきた。
「カップヘッドにマグマン? いらっしゃい、クッキーあるけど食べる?」
「うん! 食べる!」
「オレもー! じゃなくて、それより大変なんだ○○!」
「え? どうかした?」
私はクッキーと紅茶の用意しながらカップ兄弟に詳細を話すよう促す。クッキーを食べる気満々だったマグマンも慌てて話を切り替えた。
「そうだった! ○○、最近お花畑に行ってないの?」
「え? ……お花畑なら一昨日行ったけど……」
「えっ」
「え……行ったの? ホントに」
心の底から驚いている顔だ。何もそんなに驚くことは言っていないはず。2人はお花畑に暫く行ってないというのを、だいたい2週間ぐらい行ってないのだと思ってたのかな。でも私は実際、一昨日にキャグニーと話したし……。まあ、昨日はあの話が気になってキャグニーとは話すつもりがなかったんだけど……家でずっと掃除して一日が潰れたし。
「じゃあアイツなんで落ち込んでたんだよ」
「えーと……キャグニーが変なのは私に関係あるの?」
「たぶん……」
「あいつ話しかけても○○、○○ってぶつぶつ言ってて話にならないんだよ〜! そのうえ萎れかけてたし、てっきり○○となんかあったのかって思って来てみたら何も無さそうだし」
「は、はあ……」
2人の前に紅茶とクッキーの皿を置いて私も席に着いた。机で向かい合う誰もが納得いっていない顔を浮かべている。
カップ達に言われたからには、さすがに彼のとこに行くしかないよね……。
「とりあえず、後で行ってみようかな」
「そうした方がいいって。じゃっ、クッキーもーらいっ!」
「ねぇ、本当にキャグニーと何も無かったの?」
「無いはず……あ、でも」
「でも?」
「ここ最近ほぼ毎日会ってた気がする。おでかけとかアルバイトのついでに少しだけ話してたから、昨日会いに行かなかったから……心配したのかも?」
「え〜それだけで〜? あいつどんだけ寂しがりなんだよ〜」
「寂しがりとはちょっと違う気もするけど……」
キャグニーの意図はわからないけど、どっちにしろ明日へ延ばしたところでまた次に次にと延ばして行くんだろうし、早いところケジメつけないと。
……ついでに2人にもあの話聞いておこうかな。
「2人はさ、この森に人喰い花がいるって話聞いたことある?」
「ひ、人喰い花」
「なんだそれ、しらねーよ?」
カップヘッドはもぐもぐしながら興味なさげに答えた。対してマグマンはブルブル震えている、ちょっとマグに対して悪いことしたな。
「なんか、歩いてたらそんな話し声が聞こえてきたから、本当なのか気になって」
「うぅ……いないでほしい」
「いてもオレらでやっつけられるだろ! でっかい花にも勝ったし、ドーンと構えてようぜ!」
「えぇー やだよ〜! ボク食べられたくないよ〜」
「大丈夫だって! そもそもオレたちマグカップだから食われる部分無いし。ていうか、その人喰い花ってキャグニーじゃねーの?」
「え? キャグニーって人喰い花だったの」
マグマンはまた震え上がった。私もちょっと不安は残っていたけど、彼のため、マグマンのために否定しておかないと。
「違うんじゃないかな、多分……違って欲しい」
「なんだよ、二人とも怖がりだな」
実際カップの言う通りだと思う。ただの噂に影響されて友達に会えなくなるんだから。そんなこと知られたらキャグニーに幻滅されるかな。
カップたちがクッキーを食べ終えて帰った後、キャグニーのところへ行くために準備をした。一応服装を整えて、カゴにお花型クッキーを詰め込んで彼がいる花畑へ。
彼のいる花畑はいつもと変わりなく穏やか……いや、それどころかいつもより静かだ。なんだか雰囲気が冷めきっているような……キャグニーはどこに?
「やあ、○○」
「えっ」
真後ろから声が聞こえた。振り返るとキャグニーが地面からにょきっと生えて私を笑顔で見つめる。初対面の時のように猫を被って可愛らしい顔を近づけてきた。
「久しぶりだね!」
「そ、そうかな?」
「そうだよ、ボクずっとキミが会いにくるの待ってたんだよ?」
「そっ、そうなんだ」
自分でも顔がひきつっているのがわかる。そんな風には見えていないのか、そもそも見ていないのかキャグニーは構わず続ける。
「どうしてボクに会いに来てくれなかったの?」
「え? き、昨日掃除してたから……」
「いつも会いに来てくれるよね」
「えーと……前までは毎日じゃなかったよね?」
「ここ最近はずっと話に来てくれてたでしょ?」
「………………」
困った……キャグニーは絶対怒ってる。私が話す度にイライラして顔を詰めてくる。それに表情も、まだ保ててはいるけど不満そうな顔に崩れていく。
「ねぇ、ボクのことキライになったりしてないよね? すごく楽しみにしてるんだよ? キミが来てくれるの、毎日の楽しみなんだよ?」
「へ……」
いつもは会いに来るなんて暇なんだって事しか言わないのに、今日は可愛らしいお顔のせいなのか素直だ。普段言わないことばかり口にする。キャグニー……本気で寂しかったの?
「え、ちょっとキャグニー?」
「ボクずっと待ってたのに……今日も明日も来てくれると思ってたのに」
「あの……これは」
いつの間にかトゲのあるツルで私の周りを囲んでいた。逃がす気は無いみたい。
「ご、ごめんね、キャグニー。そんなに落ち込むとは思ってなかった」
「……ううん、わかってくれたらいいんだよ。でも○○、本当はどうして来てくれなかったの?」
「え?家掃除してたからだって……」
「わかるよ、別の理由があるってことくらい。毎日会ってたんだからそれくらい気づいちゃうよ?」
「でも本当に掃除で一日潰れたから…」
「じゃあどうしてお菓子の材料買った帰りに寄ってくれなかったの? ……本当は起きてたんだよ? 起きて帰ってくるの待ってたんだよ? どうして、どうして来てくれなかったの? 早足で逃げるなんてボクなにか酷いことした? 暗い顔してたけどなにかしちゃったの?○○…」
「……」
徐々に周りのツルがにじり寄ってくる。昼寝してると思ってたけどバレてたんだね。きっと今まで昼寝から起きたと思ってたのは、私に気づいて寝たふりしてたんだ。もう隠せないよね。
「ごめん、本当は……遊園地で聞こえてきた噂が気になって帰り道はキャグニーのところに行けなかった。噂が本当だったら、どうしようかと思ったから……」
「噂……?」
「ここ、インクウェル島の西の森には人喰い花がいて、嫌いな人物をツルで巻きつけて食べてしまうって。いつもキャグニーと話してると足にツルが巻きついてくるから、もしかしたらキャグニー本当は私の事嫌いで食べるつもりなのかって……思って、ごめんなさい」
「はぁあっ そんな根も葉もない噂に惑わされてオレに会いに来なかったのか 何考えてんだよ! だいたいこの森にそんな花ある訳ねーだろ 植物のことはみんなオレとコンサイ一家が熟知してるんだから危険な花があったら最初に話してるに決まってんだろ! オマエを危険な目に合わせる訳にはいかないから……」
「キャグニー……」
本当に、私はダメなヤツだ……こんな優しい花が友達なのに疑ってしまって。
「そもそも噂を流すやつも流すやつだけど、オマエもオマエだろ なんで知らねーヤツのこと信じてオレを信じられねぇんだよ ふざけんな……」
「……うん、キャグニーの言う事は最もだと思う。なんでキャグニーのこと疑ったんだろう……ただ足下にツルを絡めてきただけなのに」
「……この! オマエにツル巻き付けてたのは もっと一緒にいたかったからなんだよ……もっと話したいから、まだ行かないでほしかったから、無意識でオマエの足にツル絡めてた……」
いつの間にかトゲの無いツルが膝上まで絡みついていた。更に絡みついて、どんどん体の上の方まで締め付けようとしてくる。
「キャグニー……やめて……」
「嫌いなヤツを食べるって? オレがオマエのこと嫌いに見えたか? もしかして素っ気なかったか? オレ、オマエに対して突き放してるように見えた? ごめん、そんな事ない。オマエのことがだいすき、だからいつも一緒にいたい……」
「キャグニー……!」
ずっと上の方までツルが絡まり、私の体を締め付けていく。ごめんと謝ってもどんどん巻きついて痛みが増していく。これが今まで受けた彼の痛みなのかもしれない。気づけなかったから、会いに行かなかったから、信じきれなかったから……大きなオレンジのお花が露を零したと同時に、私も意識を手放した。
気が付くと、辺りはすっかり暗くなっていた。身体のあちこちが痛いけど、ゆっくり起き上がるとふわっと周りが明るく光る。スズランのような花がいくつも私の周りに植えてあって、ぼんやりとした弱い光で足元を照らしている。よく見ると、私が寝ていた場所は花のクッションでできていた。彼が用意してくれたのかな……。
暗闇の中でモゾっと何かの影が動く。花の灯りで何かを見ようと目を凝らすと、オレンジ色した花びらが目に入った。
「キャグニー……?」
声をかけるとオレンジの花はぱっと明かるさを取り戻した。言葉通り、彼は明るく光っている。
「よかった! 生きてた……」
安堵の表情を浮かべている。どうやら私は、また彼を不安にさせたみたい。
「ごめん、ごめんな……オレ、また無意識で巻きついて……」
「私も、キャグニーを信じられなくてごめん。疑っても、言えばすぐわかることなのに」
「違う、○○は悪くない。悪くねぇんだ……」
「………………仲直りしよっか」
立ち上がり、キャグニーの方へ手を出した。ほんの少し、私の出した手を見てすぐに手を出し返してくれた。大きな指先を比べ物にならないくらい小さな手で掴んで握手を交わす。キャグニーの目をしっかりと見つめて、彼もも私の目を見てくれた。
「そうそう。渡すの遅れたけど……これ、受け取ってくれる?」
カゴから取り出したのは私の手より大きなお花型のクッキー。キャグニーの手に乗せると、豆粒ほどしか無いように見えるけど。
お菓子作りの時に、やっぱりキャグニーの事が頭に浮かんでお花の形に作ってしまった。キャグニーに食べてほしくて、私の家で作れる最大の大きさのクッキーを焼いた。
「……オレの蜜ほど甘くねぇな」
「気に入らない?」
「そんなことない……」
そう言ってまたツルを巻き付けてくる。やっぱり無意識なんだね。
今度は屈んでツルを優しく撫でようとして手を伸ばした。触った瞬間ビクッと動いて、スルスルと巻きついていたツルは地面に戻っていく。キャグニーの顔を見ると黄色いお顔が真っ赤になっていた。
「触っちゃダメだった?」
「べつ……に……」
そうは言いつつもツルは地面に潜ったまま、もう一度出てくる様子はない。
「やっぱダメだ ここばっかはいくらオマエでも触るんじゃねえ」
「自分で巻きついてきたけどダメなの?」
口をパクパクさせて何か言いたげだけど、言葉にできないのか少し俯いている。かと思ったら顔の周りの花びらを引っ張って顔をぶんぶんと振った。また怒らせたかな。すると突然、地面に葉っぱの手を突き刺して……
「……えっと、キャグニー?」
キャグニーはトゲのある太い茎でできた身体になり、私の周りには同じくトゲの生えた太いツルで囲まれた。なんだか目も大きくてギラギラしてるように見えるけど……。キャグニーのこんな姿初めて見た。フー、フーと荒い息をして苦しそう。さっきツル触ったのが原因……なのだろうか?
「……オマエに触られたら……変な気分になる……」
「…………へ?」
「おかしくなるんだよ……」
足元の地面からさっき巻きついてきた物とは全然比べ物にならない太さのツルが伸びてきた。それが全身に巻きついて……抱きしめるように体を縛る。前みたいにギリギリ軋むほど強くはない、体は動かせないけど前よりずっと優しい。
「……なァ、○○……今日はここにいてくれよ…………オレ、オマエのこと縛っとかないと変になりそう」
苦しそうな表情で震えながら懇願する彼を見ていると、黙って頷くことしかできなかった。
数日後、キャグニーの元にカップ兄弟が遊びに来た。
「よっ! 元気になったか?」
「うっせぇ。何しに来たんだよオマエら」
「はぁ? オレらこの間キャグニーが萎れてたから心配して来てやったのに」
「やめなよカップ!」
キャグニーは不機嫌そうにカップの方を睨みつけた。
「カップたちが心配して私の家まで知らせに来てくれたんだよ。あなたが萎れかけてるって。それ知らなきゃあの日は行かなかったかもしれないし」
「…………チッ」
「で? あれは結局なんだったんだよ。なんでキャグニーは○○、○○ブツブツ言って」
「 う、うっせぇ 何でもねえよ、帰れ」
「うわぁっ! ご、ごめんなさぁい!!」
「うおっ マグ! 引っ張るなよ!」
マグに引きずられてカップはどこかへ連れていかれた。その様子をぼうっと見ていると、いつの間にかツルが絡みついていた。
「アレ聞かれてたのか……ったく、ガキがこられちゃオマエに巻き付けなくなるだろうが。アイツらすぐ何してるんだって聞いてくるし、場合によっちゃオレがオマエをいじめてるって騒ぐしよぉ」
「巻き付かなきゃいいんじゃ……」
キャグニー「ムリ。○○が好きなの伝える方法、オレにはこれくらいしかないし。それとも嫌か?」
「痛くなかったらいいよ私は」
「……だろ?だからオレがわざわざ」
「やあキャグニー! やっと彼女に気持ち伝えられたんだね!」
キャグニー「 グーピィ勝手に言うんじゃねぇえええッ」
end