NO!プラトニック!「あれ、三途くんもう来てたんスか! 暑いんで早くどっか入りましょ!」
……デートといえば普通、普段は見ることのできない私服姿が見れるというメリットがあるはずだろう。
だというのに……。
待ち合わせの時間ぴったりにやって来た花垣を見ながら、三途は思わず頭を抱えそうになった。何なら、『どんなセンスしてんだよテメェは!?』くらい怒鳴ってやりたかったのをグッと抑え込んだ。
何せ、柄物のシャツに柄物のハーフパンツ。極め付けは色付きサングラスだ。色にも統一感がないから目が痛くて仕方がない。友人にふざけて着せられたのかと思ったが、本人は至っていつも通りなのだからこれが花垣の服のセンスなのだろう。
中学生の頃に何度か見た花垣の私服姿も、確かにダサかった。ハーフパンツにパーカーが基本で、中学生というよりも小学生のような服のセンスをしていた。
けれどもまぁ、高校生になった今は流石にその服のセンスも少しはどうにかなっただろうと思っていたのだ。
三途は花垣の腕を掴むと、近くにあったファッションビルの中へと逃げるように駆け込んだ。
行くのはもちろん服屋なんかではない。ただでさえ花垣の壊滅的なファッションセンスでじろじろと周りの視線を集めているのだから、今の状態ではとてもじゃないが優雅に服を選ぶなどできそうもない。歩いているだけで自分よりも視線を集める人間など初めてだ。
三途はフロアの端にあるトイレの個室に花垣を押し込むと、自分も中に入ってガチャリと鍵を閉めた。
入る瞬間、手洗い場にいた中年の男が驚いた表情をしていたのが見えたが、どうせすぐに出ていくだろう。
「え、な、なに?」
狭い個室の中に困惑する花垣の声が響く。
「オマエ一回上脱げ」
「え、え!? こ、こんなとこで何しようとしてんスか!?」
花垣の声を無視して、三途は自分の着ていたオーバーサイズの黒いカットソーをその場で脱いだ。そうして〝オマエも同じようにしろ〟と言うように顎をしゃくってみせた。
「え、あの、お、俺らそういうの初めてだし、もう少しムードとかあるだろうし、流石に、」
「何言ってんだオマエ。いいからそれ脱いで代わりに俺の服着てろ」
「は、へ……?」
目を瞬かせる花垣に構わず、三途は白と黒で描かれた百合だか何だかの柄シャツのボタンに手をかけた。
「じ、自分で出来るから! つうか三途くんなに着んの」
「オマエのシャツ」
「え、これ気に入ったんスか……?」
だからこんなことをするのかという怪訝な目で見つめられた三途は、喉の奥まで出かかった暴言を何とか抑え込んだ。
「そうじゃなくて、……こっちの方がオマエに似合うから」
「そうスか?」
それなら、まぁ……。
納得のいっていない顔をしながらも花垣は大人しくシャツを脱ぎ、それを三途に手渡した。途端に露わになる白い肌。
「お、オマエ下に何も着てねぇのかよ!?」
「え? だって暑いし、うわっ、ちょ、自分で着れるから!」
三途はカットソーを花垣の頭から被せると、嫌がる子供にするように無理やり服を着せた。
「……たまに思うけど、三途くんって俺のこと子供かなんかだと思ってません?」
「……思ってねぇよ」
「その間はなんスか」
花垣の疑いの眼差しから逃れるように、三途はシャツに腕を通した。
花垣よりも身長のある三途だが、シャツは主を選ぶようにぴたりと体に馴染んだ。黒い細身のパンツも相まって問題なく着こなせている。
花垣も、シンプルな作りのカットソーのおかげで柄物のハーフパンツがうまくアクセントになっている。三途はそれを確認するとようやく狭い個室から外に出た。
「服買いに行くぞ」
「切り替え早いなぁ。つうか、服交換するだけなら外でもよかったんじゃ……」
わざわざこんな狭い場所でやらなくても。
その言葉に三途は一瞬動きを止め、それから信じられないという顔で花垣を見た。
「テメェは他の男にも肌を見せんのかよ!」
ちょうどトイレの外に出たところで叫んだものだからそばにいた若い女性がギョッと目を剥いたが、そんなこと三途には関係ない。二度と会うことのない相手の反応よりも、花垣の意識をどうにかする方がよっぽど重要だ。
「えぇ……、肌って……、俺、男だし。別に誰も変な目で見ないと思いますけど……」
確かに花垣は周りの目を一瞬で奪ってしまうような華やかな容姿はしていない。けれども、目を離せない独特の雰囲気があるのだ。きっとそう感じているのは自分だけではないはずだ、と三途は思っている。
「……やめた。別の場所行くぞ」
「は? ちょ、なに、なんで?」
困惑する花垣の声を無視して、三途は自分よりも細い手首を掴むと来た道を足早に戻った。
「お邪魔します!」
まるで友人の家に遊びに来た小学生だ。
元気よく自分の家に足を踏み入れた花垣に対し、三途は小さくため息をこぼした。
「やっぱキレイっスねぇー!」
今まで誰も通したことのない一人暮らしの部屋は、潔癖症の気がある三途らしく、物が少なく生活感があまり感じられない。
「メシとかどうしてる、って、ちょ、なんスか」
キョロキョロと辺りを見回していた花垣を、三途が唐突にベッドの上へと押し倒した。
普段であれば絶対に風呂に入ってからでないと寝そべることのない清潔なシーツの上に、汗ばんだ花垣の体を縫い付ける。それがひどく倒錯的で、三途の喉がごくりと音を立てた。
「もう三途くん、またそうやって俺を揶揄おうとしても、」
「俺はオマエのこと、ソウイウ目で見てるよ。付き合う前からずっと」
三途の言葉に、数秒してから花垣の顔がじわじわと赤く染まった。自分の置かれている状況をようやく理解したらしい。
「自分がそういう目で見られてるなんて思ったことねぇだろ」
「さ、さんずくん」
大きな空色の瞳が、困ったように揺れている。三途は安心させるように一度花垣の頬を撫でると、そっと触れるように額に唇を寄せた。
大切だからそう簡単に触れられないし、花垣が望まないのであれば一生友人のような付き合いでもいいと思っていた。けれども、日に日に花垣に対する想いは募っていくし、それと比例して性的な欲求も増していく。
触れたい、自分だけのものにしたい。いつだってそんな思いに囚われているから、花垣に対してまるで子供のように扱ってしまう。
だというのに、この無自覚な恋人は誰かにソウイウ目で見られるとも思わずに、平気で人前で肌を晒す可能性があるのだ。
そりゃ今までは海水浴や体育の着替えなんかで上裸になるのは当たり前だったかもしれない。制限する自分の方がおかしいことも分かっているが、心は理解してくれない。自分の唯一を取られたくないという酷い独占欲が、三途の中でぐるぐると渦巻いている。
こんな重い感情は呆れられるかもしれないと思っても、誰かに取られるのではないかという恐怖が消えてなくならない。可愛くて愛しくて仕方がなくて、いっそ食べて一つになってしまえたらどんなにいいだろうか。そんなバカな考えすら浮かぶのだから重症だ。
やはりこの男はセンスがない。
自分のようなとんでもない相手を選んでしまうなんて。
「なんだ、三途くんもそういう欲あったんだ」
「……は?」
「三途くん全然触れてくれないから、性欲とかないと思ってた」
照れくさそうにしながらもそう言ってのけた花垣に、三途は目を瞬かせた。
「え、オマエ状況わかってる……?」
今にも純潔を奪われそうだというのに何だその余裕は。
「あのさぁ、三途くん! 言っておくけど俺だって男だし、めちゃくちゃ性欲あるから!」
不機嫌そうに顰めた眉と不貞腐れた口調。
守らなければならないか弱い存在だと三途が思っていた男は、もうすでに腹を括っていたらしい。
思わず、口から笑いが溢れた。
「何笑ってんスか!」
可愛くて。なんて言えばさらに怒られそうだ。
三途は素直に謝ると、今度は花垣の唇に触れるようなキスを落とした。
「……途中で泣いて嫌がってもやめらんねぇぞ」
「こっちのセリフっスよ!」