薬指にくちづけ あ、運命だ。
三途春千夜は直感的にそう思った。
人が運命を感じる時、何よりもまず相手に対しての好意が先行するはずだ。けれど、三途が花垣武道に対して抱いていた感情は、恐ろしいほど深い嫌悪や憎悪だった。
自分の邪魔ばかりしてくるただただ憎いだけの相手。世の中のことを何一つ理解していない馬鹿な子供。そんなふうにさえ思っていた。
なのに、同じ境遇にいるにも関わらず、それでも全てを諦めることなく友人を助けようとする姿に光を見たのだ。
自分とは真反対の人間。
だからこそ、自分自身を救うために現れた運命の相手に思えた。
知らぬ間に溢れた涙が、凍てついた心臓に春を芽吹かせた。
「この人こんなキャラだったんだ……」
ポツリと呟かれた言葉に三途は知らぬ顔をして、そのまま腕の中に収まった花垣の旋毛に唇を落とした。
小学一年生と二年生の差は大きい。
三途はクラスでも背の高い方で、花垣といえばわりかし小さい方だった。だから気持ちのいいくらいすっぽりと腕の中に収まるのだ。
「タケミチ」
前は呼べなかった名前が、今はいくらだって呼べる。
子供特有の高めの声で呼べば、花垣は戸惑いながらもいつだって三途の顔を見上げてくれた。それが嬉しくて、意味もないのに何度も名前を呼んでしまう。
きっと花垣は知らないのだろう。
三途が前の記憶を持っていることなど。
でもそれでいい。記憶があることを知られたら、嫌われるかもしれない。
……あの時花垣が死んだのは、自分のせいでもあるのだから。
自分が佐野を闇に引き摺り込まなければ、或いは自分が武器なんて持っていなければ、花垣は死なずにすんだかもしれない。
全部知らないフリをして、本当の子供のようにしていれば花垣は少し困った顔をしながらも受け入れてくれる。そばにいさせてくれる。
子供のような独占欲と、子供には似つかわしくないほどの執着心。顔には笑顔を貼り付けて親しい友人を装いながらも、その下にはいつだって花垣に対するドロドロとした想いが蠢いている。
でも、俺たちは運命の相手だから。
こんな気持ちになるのも当たり前のことで、きっと花垣だって同じ気持ちになるはずだ。
そう思っていた。
「そういえばさぁ、俺のこといいって言ってくれてる子がいるらしくて」
学校を出て百メートルは歩いたところだった。
炎天下の中、暑い暑いと文句を漏らしながら制服のシャツを扇いでいると、思い出したようにそんな事を言われたのだ。
へへっ、なんて目尻を下げて笑った花垣に、一瞬何を言われているのか三途は理解ができなかった。
「……は?」
口からこぼれ落ちた疑問符は驚くほど小さな音にしかならず、おそらく花垣の耳には届かなかったのだろう。嬉しそうに、「今週にでも告白されちゃうかも」と続けて顔を綻ばせた。
夏の日差しのせいか、それとも別に要因があるのか。花垣のまろい頬が、僅かに桃色を差している。
「隣のクラスの子でさ、可愛いって有名なんだよねぇー。何で俺なんだろ」
……本当に何でコイツなんだよ。
ただでさえ色の白い三途の顔は血の気が引いて青くなり、目の前がぼんやりと霞んで見えた。立っているのもやっとで、思わずその場に蹲る。
――確かに前の世界でも、花垣には彼女がいた。
中学生の時から付き合っていた相手で、結婚の約束までしていた女だ。でも、それはあくまで前の世界の話で、今回は違う。
だって本当の運命の相手は自分だったのだから。流石に花垣だって、今度こそ本当の相手に気づくはずだ。
そう思っていた。
なのに何故、あんなにも嬉しそうな顔で笑ったのか。
裏切った? タケミチが? 俺を……?
「春千夜くん!? どうしたの!?」
思考の海から掬い上げるように、花垣の手が三途の肩に触れた。
顔を上げると、ひどく焦った顔の花垣と目が合った。
夏空を映し取った青い瞳の中に、迷子のような顔をする三途が映っている。
「タケミチ……」
「熱中症とかかな。春千夜くん夏弱いし……、どっか休める場所……」
辺りを見回しながら日陰になりそうなところを探す花垣の体に、三途は腕を回した。
「え、もしかしてマジでやばい? 救急車呼ぶ?」
「タケミチ……、タケミチ……」
他の誰のことも見ないで。
口をついて出かけた言葉を、三途は飲み込んだ。
……わがままを言えば、見放されるかもしれない。
運命の相手という強い結びつきを感じているくせに、心のどこかでは〝自分なんて〟と思っている。だから愛情不足の子供のように、中学生になってまで花垣からの愛をこんなにも求めてしまうのだ。
同じ学校の制服を着た生徒たちが好奇の目で見てきていても、三途には気にならなかった。どうせ自分に必要なのは花垣だけだ。
「……嫌だ」
何に対して、なんて言えなかった。
けれど三途のその言葉に、花垣は返事をするように背中を優しく撫でつけた。
結果的に、花垣は例の女子生徒とは付き合わなかった。
何でかなんて三途は聞いていない。花垣だってあの日以降その話をしてくる事はなく、ふとした時に場地から『断ったらしい』と教えられただけだ。
ただ、何となく、自分のせいだろうなとは思った。
嬉しいはずなのに、望んでいたのは自分のはずなのに、じくりと心臓が軋む音がした。
まるで花垣の幸せを邪魔しているようだ。
前の世界で花垣が三途を邪魔していたのは、周りの人間の幸せの為だった。どこまでも真っ直ぐで、どこまでも利他的な男。自分の幸せなんて二の次だった。
なのに自分は、自分の幸せの為だけに花垣を邪魔している。
その事実にたどり着いた時、三途は愕然とした。
前の世界でも今の世界でも、自分は花垣にとって害にしかならないのではないかと気付いてしまったのだ。
「は、春千夜くん、俺なんかしちゃった……?」
ホームルームが終わったばかりの教室にはまだ生徒が多く残っていて、花垣のその言葉に耳を傾けているのが分かった。
それはそうだろう。
三途がまともに会話をする相手といえば一学年下の花垣くらいで、それがここ一週間は一緒にいるところを誰も見ていなかったのだから。喧嘩したのではないかと密かに囁かれていたのだ。
よくもまぁ、他人のことにそれだけ関心が持てるものだと三途は思う。自分の容姿が他人よりも整っている自覚はあるが、一挙手一投足全てを監視されているようで寒気がする。
本当に見ていてほしい相手は花垣だけなのに。
「春千夜くん……」
何も答えない三途に、花垣がおずおずと名前を呼んだ。
花垣だって、あれだけそばにいた人間が急に離れていけば流石に戸惑いもするだろう。可哀想なくらい眉が下がっている。
「……オマエは何もしてねぇよ」
素っ気なく返した言葉は嘘ではない。
花垣は本当に何もしていない。ただ、自分が耐えられなくなっただけだ。
独占欲や執着心で縛り上げて花垣を自分のものにできたらいいのに、理性がそうはさせてくれなかった。
嫌われたくない。重荷になりたくない。そんな考えが顔を出したら、今までのように一緒にいられなくなってしまった。
花垣が他の誰かと描く幸せなんて少しも願えないのに、自分のせいで花垣が不幸になる事は耐えられない。
「でも、じゃあ何で最近そんなに、」
「悪い、用事あるからまたな」
三途はそう言うと、花垣の横を通り過ぎて教室を後にした。
中学三年生の一年間はあっという間だ。
受験を理由に、嫌なことからも逃げられる。
「お前さぁ、なんで武道のことシカトしてんだよ。あんなに可愛がってたくせに」
塾からの帰り道に偶然会った場地は、眉間に皺を寄せながら三途を真っ直ぐに見つめた。
三途の幼馴染で、もちろん花垣とも幼馴染の男。
花垣が何か相談していたとしてもおかしくはないだろう。
三途は重いため息を吐き出すと、「シカトしてねぇよ」と返した。
実際のところ花垣が何かを話しかけてくれば素っ気なくも返していたのだから間違ってはいない。ただ、二人の間に距離ができただけだ。
「……俺とアイツとじゃ、性格も何も全部ちげぇだろ」
運命の相手だなんて、勝手に勘違いしていただけだ。
花垣が救おうとしていたのは初めから自分ではなかったのだから。ただ、自分が救われた気になっただけ。
どんなに望んだところで、花垣は自分のものになんてならない。
「相変わらずお前は意味わかんねぇな。違うとかンなもん気にしてねぇで一緒にいたきゃいりゃいいだろ」
「……べつに分かってもらおうとなんてしてねぇよ」
一緒にいたくても、そばにいればきっと花垣を不幸にしてしまう。前の世界でだって、自分が守れたものはひとつとしてなかったのだから。
どうしてこうも自分の人生は上手いように回ってくれないのだろうか。欲しいものがあっても手に入ることはないし、誰かの一番にだってなれない。
「まぁいいけど、追ってもらえるのが当然だと思うなよ」
当然だなんてそんなこと、思ってはいなかった。
ただ、心のどこかでは花垣がいつまでも自分のことを想って、目で追ってくれるものだと思っていた。
「勉強できるくせにバカだよな、お前って」
佐野の言葉には多少なりとも呆れが含まれていた。
「……っ、」
青白くなっていく唇に、キュッと力がこもる。
三途の視線の先、真新しい制服に身を包んだ花垣は、違う高校の制服を着た女子と親しげに歩いていた。
見覚えのある女の顔を記憶から手繰り寄せた三途は、ああと思い出した。
――橘日向だ。
前の世界で、花垣の恋人だった相手。
三途は思わず口元に手を当てた。
あれだけ相手の幸せを願って自分から離れたくせに、いざ自分以外と幸せそうに並ぶ相手を見たら、ひどい吐き気がした。
目の前がチカチカと点滅して、耳の奥が膜を張ったように何の音も聞こえなくなる。
ふと、視線の先で花垣と目が合った。時間にしたら数秒もなっただろう。
花垣は一瞬表情を固くしたが、すぐに三途から視線を逸らし、「マイキーくん、後で遊びに行きますね」と佐野に向かって和かに手を振った。
「おー、待ってる。よかったらヒナちゃんも来てね。エマもいるし」
『追ってもらえるのが当然だと思うなよ』
いつか言われた場地の言葉が、三途の頭の中で反響した。
いっそのこと、花垣を連れ去ってどこか自分しか知らない場所に閉じ込めてしまえたらどんなにいいだろう。
そんなことをする勇気も意気地もないくせに、花垣に対して本心の一つも曝け出せない自分が心底情けなかった。
『たんじょう日はなにがほしい?』
『……タケミチがいればいい』
『はるちよくんってそればっかじゃん! オレならずっといっしょにいるよ!』
だからもっと違うものを言えと、花垣は口を尖らせた。
――幼い頃の記憶だ。
ぱち、と三途が目を開けると、教室にはもう誰もいなかった。クーラーの効いた教室内に、三途だけが取り残されている。
「……いねぇじゃん」
呟いた独り言は、誰の耳にも届くことなくそっと溶けて消えた。
べつに誰かに拾ってほしかったわけではないが、今はそれがひどく虚しい。
三途は椅子から立ち上がると、鞄を掴んで教室を後にした。
毎年誕生日は、家族の代わりに花垣が祝ってくれていた。
まるでそうすることが義務のように、生まれてきたことが間違いではないのだと教え込むように。
『おめでとう、春千夜くん』
そう言って、誰よりも三途の誕生日を祝ってくれていた。
花垣が小遣いを集めて買ってきてくれたケーキを二人でつついて、場地や佐野を誘って好きなゲームをしたり、外を駆け回ったりもした。
そんな幸せがあるなんて、前の世界では想像もしなかった。
もちろん前の世界でだって家族に祝われたことはある。それでも、その日一日が三途の為に使われたことなんてない。どうしたって三途は妹の兄という立場から逃げられなかったし、誕生日が免罪符になるわけでもなかった。
『タケオミくんだってセンジュのお兄さんじゃないスか!』
三途が小学三年生の七月三日。
雨が大きく窓を叩く中、そんな音にも負けないくらいの声量で花垣が三途の兄である武臣にそう言った。
妹の躾が行き届いていないと、武臣が三途を怒鳴ったからだ。
武臣といえば花垣をいたく気に入っていて、実の弟である三途よりもそれはもう大切にしていた。利己的な男が無条件で可愛がるなんて、妹の千壽以外になかったことだ。
そんな可愛がっていた花垣に真っ向からそう言われ、武臣は随分としおらしくなった。
『今日は春千夜くんの誕生日なんだから、春千夜くんが主役なんだよ』
『しゅ、やく……?』
『そう。オレが春千夜くんのしたいこと、全部叶えてあげる』
ガラス玉のような瞳をきらきらと輝かせながら、花垣が笑った。
花垣からしたら、誰にでも与えてやれる程度の優しさだったのかもしれない。けれど、三途にとってその言葉は特別だった。
あまりにも鮮明で、色褪せてくれない言葉。
だから花垣からされて当たり前のことなんて、三途からすればひとつもなかったのだ。
七月四日。
窓の外では一日中雨が降っている。
誕生日から一日経った今日でさえ、馬鹿みたいに何かが起きることを期待しいる。それも、夢に見るほど。
自分から距離をとっておいて、今更誕生日に何かを期待するなんて変な話だ。
ため息を吐き出しながら、三途は一人だけの廊下を歩いた。そうしていると、まるで世界に自分だけしかいない気分になる。
窓を叩く雨粒の音も、どこかの教室から聞こえてくる賑やかな声も、今だけは遮断されたようだった。
全ての音が消えてどこかに行ってしまう感覚。
ひどく心細くて、その場に蹲りそうになったところで、後ろからパタパタと足音が近づいてきた。
「春千夜くん!」
馴染みのあるその声に振り向くと、いつだったかと同じように焦った顔の花垣がこちらに走ってくるところだった。
「大丈夫!? 具合悪いの!?」
久しぶりに自分に向けられた視線。たったそれだけのことに、思わず涙腺が緩んだ。
聞こえなかった雨粒の音も、賑やかな声も、今はちゃんと聞こえている。色褪せていた世界まではっきりと見えている。
その時になってようやく、自分の世界を色付けていたのが花垣だと知った。
「……俺、やっぱオマエがいないとだめだ」
救われたあの日から、ずっと焦がれていた光。
どうしたってそばにいることを願ってしまうし、自分の全てを受け入れてほしくなってしまう。
「他のやつのものになんてなるなよ。何で俺じゃねぇんだよ……。俺の方がずっと好きだったのに……」
なんで、どうして。そればかりが頭の中を埋め尽くす。
華奢で笑顔の似合う真っ直ぐな性格の女に生まれていたら、花垣に好きになってもらえたのだろうか。
子供のようなわがままは、一度溢れてしまえば止めることなんてできなかった。
「ずっと一緒にいるって言ったくせに……。勝手に人のこと救っておいてふざけんなよ……。責任取れよ……」
縋るように伸ばした三途の手が、花垣の腕を掴んだ。
三途よりもずっと高い花垣の体温は、子供の頃から変わらない。それに心底安心した。
花垣はしばらく黙ったまま言葉に耳を傾け、それから三途の頬を流れる涙を指で拭い去った。
「俺、どこにも行ってないよ」
「……行った。俺のことなんかもう見向きもしなかったじゃねぇか。女だっていたし」
「女って……、ヒナのことならただの友達だし……、それに、春千夜くんが俺のことすげぇ避けるから、嫌われたのかと思って話しかけないようにしたんじゃん……」
嫌いになれるものならなりたかった。
花垣を知れば知るほど好きになって、どうしようもなくなってしまうのだから。今更嫌いになんてなれるわけがない。
「っ、……」
と、不意に花垣から嗚咽のようなものが聞こえてきて、視線を上げた三途は目を見開いた。
前の世界では泣き虫だと散々言われていた花垣は、今の世界ではほとんど泣くことがなくなった。それはきっと、前の世界で色んな経験をしてきたからだろう。
だから久しぶりに目にした花垣の涙に、少なからず三途は戸惑った。
「な、んで、オマエが泣いてんの……?」
「……っ、もう二度と、話してくれないんじゃないかって、思って……、嫌われたんだって、……っ」
「そんなわけ……」
ないだろうと言おうとして、三途は口を噤んだ。
自分だって、花垣に視線を逸らされただけで見捨てられたと思ったのだ。花垣が同じように思わないなんて、とてもじゃないが言えなかった。
「……悪かった」
幸せにしたいから離れたなんて建前を掲げながら、花垣が自分を見て寂しそうな表情をするたびに仄暗い喜びが胸に広がっていた。可哀想だと思うのに、自分を求めてくれているのだと感じられて嬉しかったのだ。
きっと、花垣に甘えていたのだろう。
自分勝手に距離を置いても、変わらず手を取ってくれると。全てを受け入れてくれると。そうであってほしいと思っていた。
相手が傷つくなんて考えもせず、そんな役割を押し付けようとするなんて。これでは自分が嫌っていた兄と同じだ。
「ごめん、武道……」
どうして好きな相手ですら、まともに幸せにしてやれないのだろう。何ひとつ上手くできない自分に嫌気がさす。
「俺も、春千夜くんが好きだよ」
それは友人として好意を持っているという意味だろうか。
淡い期待を胸の奥に隠しながら、三途は花垣の次の言葉を静かに待った。
「春千夜くんの優しいところも、格好いいところも、……それに弱い部分も、全部好きなんだ」
花垣が瞼をゆっくりと上下させるたびに、溜まった涙が朝露のように頬へと落ちた。
「ずっと一緒にいてよ……。誕生日の時だって俺がいればいいって言ってたじゃん。ウソツキ……。ふざけんなよ、勝手に自分からいなくなったくせに、」
最後まで言葉を聞く前に、三途は目の前の体を強く抱きしめた。
「っ、バカ! アホ!」
子供みたいな罵りを続ける花垣に、涙が溢れてくる。
本当に自分はバカだ。
いつかこの幸せが壊れてしまうのではないかと怖くなって、勝手に逃げ出して、それが正しいことのように自分に言い聞かせて……。
久しぶりに抱きしめた体は、以前よりもずっと三途の腕に馴染んだ。
パズルのピースのようにそこにぴたりと当てはまって、これこそがあるべき場所なのだと教えているようだ。
花垣の身長が伸びて骨格が大人に近づいてきていても、自分の唯一はこの男なのだと体が分かっている。
「好きだ、武道」
名前を呼ぶだけで、切ないくらいに胸が締め付けられた。
「ずっと前から、……オマエが死ぬ前から、救ってくれたあの時から、……ずっとオマエだけを見てた」
今まで言えなくてごめん。その言葉は、声にならなかった。
三途がそう口にする前に、花垣がおかしそうに笑ったからだ。
「俺、知ってたよ」
「……え、」
「だって春千夜くん、嘘つく時変な顔で笑うんだもん」
……全部知っていて、その上で黙ってくれていたのか。
三途は思わず顔を覆った。
そうだ。花垣はいつだって、自分の言葉をちゃんと待ってくれていた。口を塞ぐことなく、聞き分けのいい子供でいなくてもいいのだと、いつでも話に耳を傾けてくれていた。
自分が話せるようになるまで、ずっと待ってくれていたのだ。
「俺、春千夜くんのこと恨んでないよ。俺が死んだのは春千夜くんのせいじゃないし、だからもう昔のことで傷付かないでよ」
花垣は少し困ったように小さく微笑んだ。
「武道……」
「春千夜くんにだって幸せになる権利があるんだよ」
「っ、」
「今更だけどさ、誕生日おめでとう。……生まれてきてくれて、ありがとう」
七月四日。一日遅れの誕生日。
外は雷雨でも、三途の心はどこまでも晴れやかだ。
他の誰でもない花垣が、存在理由をくれたから。
「プレゼントは何が欲しい?」
その問いかけに、三途はおもむろに花垣の手を取ると、そっと薬指に口付けた。
プレゼントならもう、ずっと前から決まっている。
「武道がいい」
「っ、君はほんと、そうやって……!」
りんごのように真っ赤になった花垣に、三途は口の端を片方だけ器用に持ち上げニッと笑って見せた。
「言っとくけど俺の愛は重いからな。覚悟しとけよ」