姫抱 「それでは参りましょう!」
はっきりと鼓舞するように告げられた言葉と共に翠燕は屋根瓦を蹴り、飛ぶ。
その姿は端から見れば篭の鳥の姫君を救い出す勇者のようであったが──
「~~~!!……ッ!」
宵は漏れそうになる悲鳴をなんとかこらえるのに必死で、人生で感じたことのない浮遊感に恥もなにも思う余裕はなく、思わず己を抱いている翠燕にぎゅっとしがみつく。
ここはただでさえ切り立った崖を利用して建てられた皇宮の、絶景の上階である。いくら翠燕といえどこの高さから落ちてしまえば命はないだろう。
しかしそんなことは杞憂だとばかりに軽やかに、
とん、と重みを感じさせない足音とともに下層の屋根へと着地すると、澄んだ水晶の瞳が宵を見下ろした。真っ直ぐに向けられたそれが微かに緩み、
「口は閉じていてください、舌を噛みますから」
息一つ乱さずそう告げる声色は平時となにも変わらない。大丈夫だというように両腕に力を込めて宵を抱え直すと、迷いなく再びその両足で地面を蹴りあげた。
長い時にも感じられたが実際は星の瞬く間ほどだろう、あれほど遠かった地面が徐々に近づき、ついに木々が生い茂る森の中へと着地した。
「す……すごい……!ありがとうございます、大丈夫ですか?……ってすみません!すぐ下りますね」
「いえ、大丈──」
肩で息をする翠燕に、慌ててその腕から飛び降りる。
しかし慣れぬ浮遊感にまだ酔っているのか、力の入らない脚でよろけた身体を再び翠燕の両腕に支えられ、そのままひょいと抱えあげられてしまった。
「わっ……!」
「行きましょう、どちらへ向かいますか?」
「ま、待ってください!もう大丈夫ですから、重いでしょう」
何事もないかのように進もうとする翠燕に、慌ててもう一度下りようと力を込めるも、今度はガッチリと固定されておりびくともしない。
(やっぱり……力がとても強い!!!)
「いえ、羽根のように軽いです」
宵が抵抗していることすらわからないのか、こてんと小首をかしげて見下ろしているその呼吸は十も数えないうちに整っていた。
「足跡も少ないほど見つかりづらいですし、この方が速く、長く移動できるかと。太子様はいざというときのために体力を温存しておいてください」
淡々と告げられる圧倒的正論に。
「ハイ……」
──翠燕殿は冠星さまと想像以上に気が合うかもしれない──そんなことを思いながら宵は脱力したのだった。