片頭痛持ちのアルハイゼンの話目が覚める。
いつもの朝より部屋が薄暗い。雨でも降っているのかと体を起こせば、ズキリと頭が傷んだ。
「…っ!」
アルハイゼンは幼い頃から、天気が悪い日は頭痛になりやすかった。それが片頭痛というものだと知ってからも、体質は変わらなかった。
こういう日は寝ている方がいいのは分かっているが、仕事机の上に重なる未処理の書類を思い出して溜息をつく。繁忙期に休めるほど、教令院の書記官は暇じゃない。
気怠い体を叱咤して身を起こし、朝食の準備をする。簡単なピタを作り、コーヒーを入れる。
いつも通り読書をしつつ、朝食の時間を過ごす。
騒がしい同居人は、数日の間留守にするとメモを残して帰ってきていない。
どうやら大きな仕事が入ったと、前に話していたから、きっとその関係だろう。
カーヴェがいないだけで、部屋が広いように感じた。祖母が亡くなってからは、一人で暮らしていた。
だから、これが本来のあるべき生活のはずなのに。
本のページを捲る音がやけに大きく聞こえた。
朝食を食べ終え、身支度を整える。時々頭は痛むが、動けないほどではない。
外に出れば、やはり空はどんよりと曇っていた。今にも雨が降りそうだった。
教令院での仕事は、基本的にルーチンワークだ。それでも、処理件数が急激に増加すれば繁忙期というものになる。
昼休みをつげるチャイムの音で、アルハイゼンは手に持っていたペンを置いた。デスクワークで凝り固まった体を伸ばす。
防音機能のついたヘッドホンを外せば、土砂降りの雨音がやけに頭に響いた。
朝からまとわりつく痛みは、ズキズキと刺すような痛みに変わっていた。机の引き出しから鎮痛剤を取り出して服用する。
薬が効くまでの間、少し仮眠を取る。効率が低下すると分かっているが昼食を取る気にもなれず、そのまま机にうつ伏せになった。
仕事が終わり、自宅へ帰る。
昼に飲んだ薬の効果が切れてしまい、歩くたびに頭が刺すように痛む。
家に着いて、灯りをつける。
照明が妙に眩しく感じて、くらりと眩暈がする。灯りを消すと、ふらふらと倒れるようにカウチに横になる。あまりの強い痛みに若干の吐き気を催す。
着替えなければ、薬を飲まなければとやるべきことが頭に浮かぶが、とても動く気にはなれなかった。
+++
カーヴェは数日ぶりにスメールシティへと帰ってきていた。
久々に大規模な建築の依頼があり、泊まり込みで現地視察をしてきたのだ。
依頼主は気難しいところはあるが、非常に芸術性の鋭い人物だった。最初は意見がぶつかることもあったが、徐々に打ち解け、思っていたよりも長居させてもらうことになってしまったのだ。
こんな時間に帰ったら、またアルハイゼンに嫌味を言われそうだと、カーヴェは小さくため息をつく。
しかし、旅路の途中で泊まれるほど手持ちに余裕がないのも確かだった。
「ただいま…」
玄関を開けると、小声でそう言いながらドアを開ける。
部屋の中は真っ暗だったので、カーヴェは足音を立てないようにしながら、照明をつけた。
すると、カウチでアルハイゼンが寝ていることに気づく。
「あれ、珍しいな…こんなところで寝るなんて」
不規則な生活をしがちなカーヴェと違い、アルハイゼンは決まった時間に寝起きしている。だから、こんなところで寝ているのは違和感がある。
「アルハイゼン…?」
軽く肩を揺すりながら声をかけると、アルハイゼンは小さく呻いて手で頭を押さえている。
「おい、大丈夫か?」
「…っ、いたい…」
「頭痛がするのか?」
アルハイゼンのそばにしゃがんで、そう声をかければ、こくりと頷く。
「とりあえず、ベッドに移動したほうがいい、歩くのは…厳しいよな」
カーヴェはメラックの力を借りてアルハイゼンをベッドへと運んだ。体を起こしているのも辛そうなアルハイゼンを介抱しつつ、なんとか部屋着に着替えさせる。
「薬は飲んだのか?夕飯は?」
「…昼に鎮痛薬を…夕飯はまだ…」
小声でそう答えるアルハイゼンに、小さくため息をつく。この様子だと、昼も食べたのか怪しいところだ。
「分かった、ちゃんと寝てなよ」
カーヴェはアルハイゼンにそう声をかけて部屋を出ていく。薬を飲ませる前に、消化の良いものを食べさせた方がいいだろう。
台所にある野菜を細かく切って、スープを作る。アルハイゼンが弱っているところを見るのは初めてで、少し調子が狂ってしまう。
たまには先輩風を吹かせてもいいだろう。
+++
「分かって、ちゃんと寝てなよ」
そう声をかけられて、カーヴェが部屋を出ていく。ズキズキと治らない痛みに耐えながら、おかえりの言葉もしっかりと言えてなかったことに気づく。
うつらうつらとしながら、遠くからトントンという料理の音が聞こえる。
そういえば、幼い頃に頭痛で寝込んでいると、祖母がいつも野菜スープを作ってくれたことを思い出す。頭痛で眠れないと言ったら、眠りにつくまで頭を撫でてくれた。
そんな遠い記憶を思い出しながら、意識は微睡んでいった。
「…ぜん、アルハイゼン?」
肩を軽くゆすられて目を覚ます。
「…カーヴェ」
「薬を飲む前に、少しスープ飲めないか?無理はしなくていいから」
カーヴェに支えられながら、ゆっくりと身を起こす。相変わらずズキリと痛みが走る。
渡されたスープには、細かく切った野菜が入っていた。スプーンを受け取り、ひとくち口にする。
「…どうかな?悪くはないだろ?」
「…ああ、おいしい」
なぜだろうか、ただの野菜スープだと分かっているのに、妙に胸が詰まるような気持ちになる。スープを飲み終えると、カーヴェは嬉しそうな顔をして器を受け取る。
「…大丈夫か?どこら辺が痛いんだ?」
カーヴェの手がおそるおそるといった様子で頭を撫でてくる。
「…あ、アルハイゼン…?」
「…どうした?」
「君、泣いてるのか?そんなに痛いのか?」
「…え…」
そう言われて、初めて自分の頬に涙が伝っていたことに気づく。
「いや、何でもない」
そう言って顔を背ければ、カーヴェがくすりと笑ったような気配を感じた。
「薬と水はここに置いておくからな」
そう言って、カーヴェは部屋を出て行った。
情けないところを見せてしまった羞恥心で、アルハイゼンは顔が熱くなるのを感じた。