隠し味:愛 情勢が落ち着いてしばらく経った頃、オーブに買った家の庭でアスランは家庭菜園をやるようになった。平時でも軍人の仕事は少なくはないけれど、戦時よりはずっと穏やかに時間は過ぎる。だいたいは朝出勤して夕方には帰宅できて、そういう日々だから取り組める趣味の幅も広がるのだ。それでも、もともと機械いじりを趣味としていたアスランが家庭菜園だなんて初めは驚いた。よくよく話を聞いてみれば農学者だった母親の影響のようだ。
いつ頃からか、アスランはぽつぽつと母親の話をするようになった。写真の中でしか知らない彼の母親は彼とよく似ていて、綺麗なお母さんですね、と言うと嬉しそうに笑うのだ。
母親を思い出すのはいつも、モニターの向こうでユニウスセブンが破壊される瞬間だったと彼は語った。母の記憶は常に深い悲しみとともに蘇り、アスランの心を抉るのだと。戦争が落ち着いてようやく、日常を生きていた彼女のことを考えて最初に浮かんだのが家庭菜園だったという。
俺にも心当たりはあった。近頃、夢に見るのは平和に暮らしていた頃の家族との日々や、レイと過ごしたアカデミーでの毎日、貝殻をくれたステラの笑顔だ。少しずつではあるけれど、俺もアスランも戦争で傷ついた心が癒えはじめていた。
帰るたびに異なる旬の野菜の数々はそういう背景があって作られたものだと知って、苦手なものであっても出来る限り箸をつけると決めた。相当渋い顔をして食べていたのだろう。彼は時折、呆れたように笑っている。
そうそう、アスランにはもうひとつ、新たな趣味ができたのだ。収穫した野菜を使って料理をすることだ。採れ過ぎてしまった葉野菜を職場の仲間に差し入れたとき、部下のひとりに誘われて料理教室に通い初めたらしい。
アスランが教室に通い出して初めて、俺がオーブの彼の自宅を訪ねた時、用意されていた食事を見て「デリバリー頼んだんですか?」と尋ねて不興を買ったのも記憶に新しい。焼いて茹でて切って並べるくらいだったのが、人が変わったような腕前になっていたのだから仕方ないだろう。元来の器用な性分だから上達の速さも不思議ではないけれど、彼はずっと、目の前に食事が出されるのを待っているような人で、一人きりだと外に出るか出来合いのものを買って来て食べるかだったのだ。後者は俺もそうだからとやかく言えた義理はない。しかし、だからこそ料理をはじめたことに驚いた。あまり言うと「もう作ってやらない」なんて臍を曲げてしまうだろうから触れずにいる。ついでに、エプロンをして台所に向かうアスランを見てどこか擽ったいような気分に包まれているのも内緒だ。
「どうだ?今日は煮てみたんだ」
口の中でほくほくと甘さが広がるかぼちゃを運ぶ俺の前で、彼はにこにこという表現が相応しい表情を浮かべている。それからもおそらくかぼちゃの育て方だとか調理法だとかについて、つらつらと言葉を重ねているけれど、あまり俺の頭には入ってこない。上の空で返していると分かりやすく機嫌を損ねるから俺は慌てて言った。
「美味しいは美味しいんですよ」
「そりゃあそうだろう、レシピ通りに作ったんだから」
「料理評論家にでも聞いてくださいよ。それかあんたのとこのトップとか、うちのトップとか。舌が肥えていらっしゃるでしょ」
「お前の意見が聞きたいんだ」
真っ直ぐに見据えられて息が詰まる。どう返すのが正解か、今の俺には到底答えを見つけることはできそうになかったので「俺への愛が込められてる味がします」と答えておいた。