Bittersweet「アスランってあんたの服装、意外と注意しないわよね」
「それ思ってたぁ!規律とか厳しそうなのにねぇ」
デザートのムースをすくっていたスプーンをいつも通り着崩した胸元に向けられてシンは苦い顔をする。もちろん淹れたてのコーヒーの味によるものではない。ランチタイムで賑わうカフェテリアの一角、久しぶりのホーク姉妹の水入らずにシンは巻き込まれている。
ミレニアムは現在オーブに停泊していて、モビルスーツ各機と技術部ならびに隊長はモルゲンレーテの工廠に篭りきりだ。各パイロットには休暇が与えられているがオーブに拠点を持たないシンとルナマリアは手持ち無沙汰だった。そんなとき、現在はオーブ軍所属ターミナル出向中のルナマリアの妹メイリンが、彼女曰く艦長へのお使いがてら、姉のもとに現れた。射撃場で訓練規定をともにこなしていたシンも有無を言わさずランチに連れ出されることとなったが、食事を終えても続けられる姉妹の四方山話に良い加減辟易している。アカデミーの同期の噂、最近のオーブで流行のスイーツ、プラントに新しくできたショッピングモールの話題を経て次はシンに関心が向いたらしい。騒ぎ立てる二人を前にシンは出来る限り話を振られないようカップを傾けることしかできない。そうして気配を消していたところで頭上から穏やかな声が降ってきた。
「いいじゃないか、それもまたシンの個性だ」
振り向くと嫌味なくらい爽やかな笑みを貼り付けた元上官が立っていた。極め付けのように現れた彼にシンは口をへの字に曲げる。今日はことごとくついてない。どう理由をつけてこの場を抜け出そうか理屈を捏ねるのに思考を割いているうちに姉妹がアスランに席を薦め、彼はシンの隣に収まった。はなからシンに拒否権は無いが抵抗の一つでもしておくべきだったと舌打ちをしても後の祭り。「なにへそ曲げてるんだおまえ」シンの不機嫌には慣れているアスランが呆れたように呟く。どうにも自分が子どもっぽく思えてシンはつとめて冷静さを保とうと息を吐いて、またカップを傾ける。
「あ、そういえばアスランさん、シンが偉い人とかお堅い場所に行くときに慌てて服装正すとこ見るの、好きですよね」
と思えばこれだ。口にしたコーヒーを吹き出さなかった自分をシンは褒め称えた。
「は?」
「だっていっつもにこーって見守ってますよぉ」
ねえ、とメイリンは隣の姉に相槌を求める。シンの対面に座るルナマリアも悪巧みを思いついた顔をして興味津々に身を乗り出す。
「そうそう、ミネルバに乗ってた頃も議長とお会いする〜ってなって慌てて襟を立てるシンのこと、チラチラ見てましたよね」
「いや……まあ……それは」
「個性を尊重って言えば聞こえはいいけど、ちょっと可愛いなぁとかそういうこと思ってません?」
「………」
「おい、ルナ……」
飾らないのは彼女の美点だがあまりに行き過ぎた発言ではないだろうか。臆さず切り込む彼女を前に黙り込んでしまったアスランにシンは慌てた。この人結構沸点低い。何度も大目玉を喰らったシンにはアスランのこの手の沈黙が好感情からでは無いことが分かる。特に自身が触れられたくない部分を追求されると普段の理知的な姿はどこへやら、屁理屈を並べ立てられた挙句こちらの不快感を煽るような言葉をぶつけられるし最悪、拳が飛んでくる。まさか女のルナマリアに手をあげることは無かろうが、と、恐る恐る隣を窺った。
「…うん、まあ……」
口元を手で覆ったアスランの顔は文字通り真っ赤に染まっていて、肯定とも取れる曖昧な相槌にルナマリアとメイリンは色めきだった。
シンは思い切り顔を顰める。なんだこの空気。
本当に潮時かもしれない。
断りなく立ち上がって椅子を引こうとするとサッと手が伸びて来て短い制服の裾を強く引かれる。ほとんど消えてはいるけれど長い髪の隙間から覗いた耳はまだ薄く色づいていてシンはごくりと唾を飲んだ。のろのろと席につく。落ち着かない心地で、まだ中身の残っているカップを手にとって、とりあえず苦さを上書きすることにした。