繋ぎ止める「失礼します。報告書を持ってきました」
フェイスのアスランに与えられた個室はシンとレイの部屋よりもやや広い。入室してすぐ、扉のそばで敬礼をしてシンは備え付けのデスクでモニタに向かうアスランへ歩み寄る。ディスクを差し出すと「ありがとう」と柔和な笑みを浮かべた。受け渡しの一瞬、触れた白く長い指を目で追っているうちに気づけばモニタにはシンがまとめた資料が展開されている。
アスランの指先がキーに触れて文字列がすばやく流れていく。書き上げるのに数時間はかかったというのに彼の頭にインプットされるのはほんの一瞬だ。少しだけ悔しい。唇を噛んでいると顎に手を当てたアスランが呟いた。
「きみは意外と丁寧にまとめるな」
「まあ、インパルスは他の機体より複雑なんで。いろいろ」
開発部に向けた、現場での運用データをもとにした機体の改良案に目を通しているらしい。かたちの良い後頭部のわきからシンもモニタを覗き込む。
「ルナと比べてます?」
「彼女らしいと言えばそうなんだが」
デスクトップにザクウォーリアの整備ログのデータが見えたから当てずっぽうに言ってみたら正解だった。苦笑とともに肯定と受け取れる返事が届く。
同僚二人はどちらもアカデミーの優等生だがルナマリアの方はやや繊細さに欠ける。それは学生時代からたびたび指摘されていて正規の軍人になったからといってそう簡単には変わらない。その大胆さが彼女の持ち味であり新兵でありながらシンたちとともに連戦を潜り抜けている強靭な精神を支えているのだろう。自分のことで精一杯のシンはいつも彼女のタフさに救われている。もう一方の同期のレイは祖国の火山もびっくりの沸点の低さを誇るシンを冷静に押さえつけてその熱を冷ましてくれるし、どちらもシンにとってかけがえのない仲間だ。
「ご苦労様。下がっていいぞ。ゆっくり休めよ」
そしてこのアスラン・ザラ。どういうわけだかオーブの代表の護衛からシンたちの上官という立場に収まっている彼にもシンは何度も助けられてきた。認めるのは癪だがパイロットとしての実力は本物で、職務には忠実、指示も的確。実はこっそり憧れている。
ふと見下ろした視界の隅に燃えるような赤がうつる。
「ん?どうした、シン」
退室を促したはずのシンが一向に動く気配を見せないことを怪訝に思ったのだろう。くるりと椅子ごと回転しシンと向き合ったアスランは首を傾げた。着崩された軍服の隙間から赤いハウメア石が覗いていた。シンもよく知っている。これはオーブのものだ。
先に身体が動いていた。座っているアスランの襟首を掴んで唇を重ねる。
いなくならないでほしい。
頭に浮かんだ望みを飲み込んで、代わりに何度も口付ける。息継ぎの合間にアスランの軍服を掴む手を優しく解かれてシンはようやく身を離した。互いの間を唾液の糸が延びて、ぷつんと切れる。
「隊長、おれ」
「待て、シン、ダメだ」
「こんなん、みんなしてますよ」
言葉でわずかな抵抗を示したアスランもシンが再び、今度は縋るような声音とともに擦り寄れば突き放そうとはしなかった。祈るように続ける。
「それともあんた、セックスもしたことないの?」
頰に触れて耳の後ろを擽って、うなじを撫でても明確な拒絶はなく、戯れに耳元に唇を寄せて声のトーンを落として囁いてみると彼の、皮膚の薄いあらゆる場所に朱が走った。吐息を感じる距離にいるシンにもその火照りが伝わる。
アスランの肌に触れたくてまだかっちり着込んでいる赤服を脱がせてやろうと手を伸ばす。赤い石が揺れてシンは顔を顰めた。思い出したように身を捩るアスランを椅子の背に押し付けてその腿の間に膝を立てる。甘えるように鼻先を擦り付けると彼は少し顔を上げてシンの唇を迎える。なにもかも初めてのシンを導くように舌が伸びてくる。
婚約者がいるんだっけ。
でもいいや。
シンは理性を放り投げることにした。
厚い軍服とインナーの下、日に焼けていないアスランの身体に手を伸ばす。鍛え上げられた厚い筋肉を恨めしく思う。
もう片方の手でアスランの手を取ると隙間を埋めるように彼の指が絡みついてくる。こんなときまでお手本みたいな人だから、きっといつものように遠くまでいったシンを連れ戻してくれるだろう。