篝火の花ガヤガヤといつもより騒がしいラウンジに、宗雲はどうしたんだろうかとその様子を覗く。開けたテーブル席に、颯が用意したのだろう。ラテアートのカップがいくつか並んでいた。営業前なのにどうしたんだろうかと近づくと、そのソファには、颯と浄と一緒に、なぜか雨竜が座っている。
「あ、こ…こんにちわ」
宗雲に気がついた雨竜は小さく頭を下げ、笑みを漏らした。会えて嬉しいのと、なぜここに居るのかと言う疑問で返事出来ずにいる。すると隣で颯と浄が面白いものを見ていると言いたげにニヤニヤと笑っていた。
「パフェを食いに来た」
揶揄う二人を他所に、皇紀が新作のパフェを持ってくる。
「俺が食いに来いと言った」
そう言って、皇紀まで雨竜へ近づいて。「食え」と苺が山のように盛られたパフェを差し出した。雨竜は宗雲の顔色を伺っていたが、きれいに磨かれたスプーンを差し出されて、困ったと言わんばかり苦笑を浮かべる。
「いただきます」
スプーンで苺を掬って口へ運ぶ。雨竜は取り囲まれ、四人にじっと見られて居心地が悪そうだったが、苺が舌先へ触れた途端その顔はふわりと綻んでいく。まるで花でも咲いたかのように幸せそうに見えた。
「全く、君は…本当に美味しそうに食べるねぇ。」
浄が口を開く。
「この間も、アフタヌーンティー一緒に行ったんだっけ?僕も行きたかったなー!誘ってくれたら良かったのに!」
「仕方ないだろう、二人分の予約しかしていなかったんだ。それに颯にだって予定があったんだろう」
「あれは浄さんが無理やり…社長にまで連絡して…!あの後大変だったんですから!」
わいわいと盛り上がるテーブル。端に佇む宗雲はなんの事だと眉を顰める。じっと見つめていたのに気がついたのか、浄は「レディの代わりに付き合ってもらったんだよ」と声を上げて笑った。
「そうか」
分かったと告げる言葉は思ったよりも低く。賑やかなその場は、ひやりと空風が吹いたようだった。黙ったまま、宗雲は踵を返して離れていく。
どうしよう。後を追うように立ち上がる雨竜の肩を颯がそっと押して、ソファへ再び座らせる。皇紀は浄をじろりと睨んでお前が行けと言うように頭を振る。浄はやれやれとため息をついた。かと思えば、軽やかに宗雲の元へ近づいて、何やら二人で話している。雨竜が心配そうに見つめていると、皇紀が「おい」と声をかけた。
「あ、…はい…?」
僕に何の用事だろうか。真っ赤な瞳がじっと見つめていて。少し居心地が悪いなと思っていると、再びスプーンを差し出された。
「質が落ちる。食って待ってろ」
そう言うと、皇紀もその場から立ち上がって宗雲の方へと近づいていった。その後に、颯が続き。三人が宗雲を取り囲むと宗雲の表情はいつの間にか穏やかなものに変わっていて。
「ほら、あとの準備は僕らがしとくから、宗雲は雨竜と休んでなよ」
そう言われながら、颯に背を押されて。雨竜の方へと戻って来て、隣に腰を下ろした。
「騒がしくてすまないな」
「あ、いや…いえ……皆さんとても優しくしてくださって。…嬉しいです」
にこにこと笑う顔は、いつもより幼く見えて愛らしい。触れたくなってしまうが、ここでは良くないなと、影から感じる視線に苦笑する。テーブルに並んだラテ。宗雲も飲んでいいよと颯に言われたのを思い出し、端に並んだそれを手に取り一口、コクリと飲んだ。
三人が雨竜をどうこうしようなど思っていないのは知っている。仲良くしてくれてありがたいとさえ思う。だが、何もないとわかっていても、自分の知らない所で他の人間と出かけたと思うと少しつまらない。こんな気持ちになったのは久しぶりかもしれない。
「今度また、何か一緒に食べに行こう。…浄と出かけて、俺が一緒に過ごせないのは……」
なんと、言えば良いだろうか。そう思って言葉が詰まって、誤魔化すように再びラテを口にする。
「…僕も、同じ、気持ちです。……皆さんと、宗雲さんは…その……信頼しあってるんだなって思って……その……」
羨ましい。と、言いたかったんだろうか。
続く言葉を飲み込んだ雨竜の頬はパフェにのった苺みたいに真っ赤に染まっている。お互いに言葉を飲み込んで、どうしようかと思っていると、カウンターの向こうから鋭い視線を感じた。
「……ほら、早く食べてしまえ。皇紀が睨んでいる」
笑い声を堪えながら、宗雲が指を指すと彼が言うとおり。まだ食べてないのかと言わんばかり、皇紀がこちらを睨みつけていた。雨竜は慌ててスプーンを手に取りアイスを掬って口へ運ぶ。
「おいしいです!」
雨竜が告げると満足したのか、そこから離れてキッチンの奥へ消えていった。こんなにドキドキしながらパフェの感想を言うなんて、思いもしなくて笑ってしまう。
「本当に美味しいかったです。…来てよかった」
フルーツやスポンジケーキを次々口に運び、食べきった頃。その言葉に、貴方にも会えたしと、想いを込めて。雨竜は宗雲に告げる。
すると、意図を察したのか、宗雲は「それはよかった」と雨竜の頭を優しく撫でた。
「嫌でなければ、また来てくれ。新しいデザートが出来たら知らせる」
そういうと、雨竜はふわりと笑みを浮かべて大きく頷いた。遠くで微笑ましそうに笑っている視線は感じるが、牽制になれば良いかと、宗雲は葡萄の様な鮮やかな髪に頬を寄せて。雨竜にしか聞こえない様な小さな声で。「来てくれたら、俺が嬉しい」と囁いた。