ことのは「なぜ、口を吸いたくなるのでしょうね」
ソウゲンが、そんな感情を覚えたのはスズランと恋仲になってからだった。
絵巻や書物にそう言う表現があるのは知識として知っているが、そもそも唇を重ねたり、吸ったりしようとした理由はなんだろうか。
スズラン殿を見ていると唇を寄せたくなるのは確か。そもそも触れたくなるという方が大きいのかもしれない。触れる、の延長線にあるのかも知れない。
「むずかしい顔だね」
布団の中からごそりと動いて、顔を覗かせたスズランはソウガンの肩が冷えぬようにと布団を掛け直した。
「スズラン殿と居ると初めての感情ばかりで。気になる事が増えるのです。…刺激的で、とても良い」
フフフと笑うと、真似をするようにスズランも笑う。
「口付けの理由…ねぇ」
先の独り言が聞こえていたのか。ふむふむと顎に指を添えて悩む素振りをして見せる。本当に考えているのかは怪しい所だが、話にのってくれるのは非常に愛らしい。
「食べちゃいたいくらい好き…とか?」
「そんな狂気めいた愛情表現が流行るとは思いませんが」
「うーん、でも指を送ったりとか、あるでしょう?」
「まぁ、そういう類の方もいますがね」
スズランは顎に添えていた手で唇をなぞった。何を考えているのか、その瞳は遠くを見つめて、パチパチと瞬きを繰り返した。行燈の光で、真白い顔に写っていた長い睫の影がゆらりと揺らいで頬を撫でる。
「やっぱり、気持ちいいからかなぁ…」
唇を舐めて、指先で押したり、撫でたり。さっきまでしていた行為を反芻しているようだった。
「うむ、確かに…。唇や下には繊細な神経が沢山通っていますので…皮膚も薄く感じやすい。そこを刺激すれば、気持ち良くなるのも分かりますが…」
「が…?」
「そもそも、唇を重ねようと思うに至ったきっかけが…」
うむ…と考え込むとスズランはごろりと身体を動かして、真下からソウゲンを見上げる。
「ねぇ、……ソウゲンちゃん」
「どうしたのです?」
「…僕の、…口、吸ったら分かるかも」
月も真上に上がった真夜中に。二人が口を閉ざせば辺りはシンと静まって、虫の鳴き声すら聞こえない。
行燈の小さな光が、スズランの赤くなった頬を捉えたのに。ソウゲンがスズランに身体を寄せて、影が大きくなりその表情はすぐに見えなくなる。
ふっくらとした唇に。ソウゲンのカサついた唇が重なる。頬が赤かったのもあってか、それは少し熱く感じる。角度を掛けて、唇の合間から舌を差し込むと、迎える様にそれが絡んできた。湿った音と、吐息と。布団と浴衣の擦れる音。まるで世界で二人きりになったみたいで。胸がトクトクと駆けた時のように跳ねた。
ちゅっと優しく吸って、離れると蕩けた瞳と視線が交じり合った。
「どう…?分かった?」
「…そう、したかったから。かもしれませんね」
「そっかぁ…」
スズランは恥ずかしそうに。布団に潜ってその中で何度も嬉しそうに小さく笑った。