卒業「来週、卒業式だろ」
卒業祝いに何が欲しい、隣を歩く恋人───仙道に尋ねると、仙道は珍しく口籠ってしまった。
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時刻は19時半。とうに日も暮れて、街灯が灯る住宅街の道を、牧は部活帰りの仙道と並んで歩いていた。
昨年高校を卒業した牧と、現役高校生である仙道。どちらも強豪校の部活で忙しい身となれば、会える時間は必然的に限られてしまう。
学校自体は既に自由登校で、バスケ部の練習にだけ参加している仙道の帰宅時間に合わせ、牧は陵南高校まで迎えに来ていたのだ。
来てもらってすいません、と申し訳なさそうにする仙道に「オレが会いたかったから気にするな」と言えば、仙道は花が綻ぶように笑った。
ここまではいつもの仙道だったのだ。お互いの近況。今のチームで起きた出来事。恋人同士の、他愛なくも楽しい会話。それが、牧が卒業祝いについて尋ねると、遠慮しているのか困ったような顔で目を逸らされてしまう。
「何でもいいぞ。第二ボタンと交換だからな」
「第二ボタンくらい、言われなくてもあげますよ」
「去年ネクタイくれたでしょ」と、やっと少し笑ってくれた恋人に、牧は安心させるように笑みを返した。
バスケと勉学に励みアルバイトなどする時間も無いが、仙道へのプレゼントを買う金くらいはある。
少しくらい高価でも構わない。牧が贈りたくて贈るのだし、牧からのプレゼントを身に着けている仙道の姿が見たいという希望もある。
こいつのことだから、釣りの道具か、新しいバッシュか、それともTシャツや腕時計か。遠慮など、する必要はないのに。
「ほんとに、何でもいいんすか?」
それに頷きながらも、何をそんなに躊躇っているのかと牧が訝しんでいると、仙道が言いにくそうに口を開いた。
「じゃあ、あの、あー…………」
やはり言い淀み、恥ずかしそうに顔を赤らめる仙道を見つめ、牧はそんなに高価な、珍しい物なのか?と内心緊張しながら相手の答えを待った。そして、意を決したらしい仙道が告げた品物は、
「こ、コンドーム……」
消え入りそうな声で告げられた答えに、牧の思考は確かに止まった。
恋人同士とはいえ、牧と仙道にそうした肉体的接触は無かった。お互い未成年の高校生であったのもあるし、相手の体に負担をかけたくなかったのもある。
だから二人の肉体的接触と言えば手をつなぐこと、抱きしめ合うこと、キスすること止まりで、体を繋げることに関しては全く無かったのだ。
牧とて先に進みたい、仙道を抱きたい気はもちろんあった。あったけれども、こればかりは自分だけの希望で進める訳にもいくまい。仙道の体に負担をかけるならば尚更だ。だから、仙道がどんなに無防備に甘えてきても、どんなに切なそうな顔で口付けられても、断固たる理性で欲望を抑えて来たのだ。
「それで、その……、牧さんの童貞が、ほしい……です」
唇を震わせて、頬を赤らめて、恥ずかしさからか目元を潤ませて、上目遣いで牧を見つめて来る恋人。
仙道が、恥ずかしさを押し殺してまで伝えて来た言葉の意味───、それを理解した瞬間、感情が爆発しそうだった。
どうしようもなく、仙道が好きだ。もっと喜んだ顔が見たいし、もっと深くまで繋がりたい。オレの手で甘やかして、離れられなくしたい。腕の中に閉じ込めて、自分だけのものにしたい。
そう、牧は仙道と誰より深く触れ合える、たった一人だけの特別になりたいのだ。
恋人にここまで言わせておいて、自分は何もしないなんて男ではないだろう。
牧は、いたたまれなさそうに目を伏せる恋人の手を握り、真っ直ぐにその顔を見つめて言った。
「今すぐに、買いに行く……、だから、今夜泊まって行っていいか」
一瞬きょとんとした表情を晒した仙道は、すぐに満面の笑みを浮かべた。牧が好きな、何の曇りもない笑みだった。
牧はただ繋いでいただけの手を、指を絡め合う恋人繋ぎに握り直し、一番近くのコンビニへと向かう。手の平から伝わる恋人の体温が、牧に幸福をくれる。
コンビニに着いても、この手をはなしたくねえな。そう考える牧の顔は、この世の何よりも、幸福だった。