いとおしい 牧紳一は、恋人───仙道彰の寝起きの悪さを知っている。
寝起きの悪さと言っても、不機嫌になるだとか、ぼーっとする訳では無いのだが、起きるまでの時間が常人の数倍、もしかしたら10倍以上かかってしまうのだ。つまり、春眠暁を覚えずをいつでもどこでも地で行く人間だと言うことだ。
仙道は、一度寝入るととにかく起きない。神奈川県選抜合宿でも、仙道と同室の神が「本当に、何やっても起きないんです……」と顔を青くして助けを求めて来た事件が記憶に新しい。
そんな恋人であるから、恋人と一晩過ごした翌朝、牧の方が早く目覚めるのは当然のことであった。
だが、牧はそれに不満を覚えたことは無い。むしろ、少し赤くなった目元、情事の跡が残る首筋、柔らかい唇からかすかに漏れる息、安らかに眠る恋人の顔を、牧だけが独占出来るのだ。何の不満があると言うのか。
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コートの上では天才と称され、類稀なるバスケセンスを有し、誰よりも冷静にゲームを支配する男を己の下に押し倒し、快楽の涙を流させ、その体の奥の奥まで犯し尽くすのは、牧をこの上なく興奮させた。その衝動と劣情と征服欲を恋人に思う存分ぶちまけ、二人して気絶するようにシーツに沈んだ翌朝。
事後特有の甘い倦怠感に体を包まれた牧は、カーテン越しに差し込む光を感じて、ぼんやりと意識を浮上させた。
まだ少しぼやける思考の外から、囁くような声が聞こえてくる。その声に誘われるように目を開けると、声の主は牧の瞼にそっと口づけを落として来た。
「おはよ、牧さん」
牧を見下ろし微笑む顔は、蕩けるほど甘い。そのまま髪を柔らかく撫でられて、心地よさにまた眠ってしまいそうになる意識を、牧は無理矢理奮い立たせた。まだ髪を梳いている手を掴み、指先に口付ける。くすぐってぇ、と笑う恋人を抱き寄せて、また己の体の下に組み敷く。
「お前……、こんな早く起きられたのか?」
いつもはもっと寝てるだろ、と言外に問えば、
「んー……、」
困ったような、照れたような微笑みが返ってくる。
「牧さんの寝顔見たかったから、早く起きちゃった」
へらへらと言う言葉がぴったりの笑み。そこには確かに牧への恋情が満ちていて、ぐっと心臓を掴まれる感覚に襲われる。
かわいい。これをかわいいと言わずしてなんと言えようか。
昨夜散々抱かれておいて、蕩けて乱れて、試合中では崩さない涼しい顔をぐちゃぐちゃにして、牧にすがりついて来た翌朝にこの油断しきったふにゃふにゃ笑顔。かわいいにも程がある。
───よし、ぶち犯す。
牧は表情を変えぬまま、既に臨戦態勢に入っている己の下腹部を相手のそれに押し付ける。
ん?、とまだよく分かっていないらしい恋人の耳に、牧はとびきり甘い声で囁いた。
「おはよう仙道、覚悟しろ」
その後、2回戦どころか3回戦まで突入し、恋人から「牧さんって、よく分かんねー所でスイッチ入るよね」と少々苦言を呈されてしまうことになるのだが、それはまた別の話である。