【実を付ける】唯、アイツが好きな物を作ってやりたいと言う本当にそれだけの理由だった。
世の農家さん達が苦労している物を生半可な気持ちで作ろうなんて思ってはいない。
それでも俺はソレが良かった。
環境や土地、気候で育たない物は多い。
でも出来れば自宅になるべく近くで育って欲しくて農家をするご近所に無理を言って育て方を教えてもらった。
木が上手く育つかどうかもわからず、木が育っても実がちゃんと着くかもわからず、手探りでの作業はそれはそれは時間がかかってしまった。
出来ないなら出来ないでいいと思っていたが、アイツが喜ぶ顔が見たくて諦めきれずに失敗を繰り返しながらもう何年目かの初夏。
やっと十分な実が着き、これで俺の夢の一つも達成出来たと言えよう。
「ずっとコソコソ何をしておるのかと思っておったが、やっと言うてくれる気になったか」
「やっぱ気づいてたか」
「何年お主の隣に居ると思っておる」
「でも聞いてこなかったな」
「まだ聞かれたくない事じゃろうと思ってな」
普段のんべんだらりな癖してこーゆー所あるよな、コイツは。
空気読むなんてテクニックいつの間に身についたんだ。
「それで!やっと見せてくれるんじゃろ?」
「あぁ、ご希望通りに」
ご近所の農家さんから借りた鳥よけネットを張った敷地に、数えれる数しかない慎ましい木。
風に揺れサワサワと揺れる枝から除く赤い赤い小さな粒達。
「……さくらんぼじゃ…」
「なんだ。内容までバレてるかと思ってたぞ?」
「『何かを隠している』から、気付かぬ方がいいと思うておった…」
「じゃあ本当にお初のお目にかかりか。驚かせれる事があってよかった」
「それは驚くじゃろ…いくらワシでもさくらんぼがこの地で作りづらいのは分かる…」
「あぁ、確かにすげー大変だった。でもここの数本だけでも…実が着けてくれて良かった。結構時間がかかってちまったな」
実る枝からさくらんぼを一つもぎ取り、ゲゲ郎の口元へ運ぶ。
戸惑いつつと意図を汲み取り、ゲゲ郎は口に納めたさくらんぼをゆっくり味わった。
「……甘い」
「そうか、良かった」
「まさかお主が農業をしておるとは思わなんだ」
「別に育てて売る為じゃない。言わなくても分かるだろう?」
「……言わんと分からん」
「空気読むテクをちゃんと発揮させろよ…これはお前の為だけに育てたさくらんぼだからな」
「ワシの…為だけの…」
自分よりも背の高いさくらんぼの木を見上げる。
流石に多く実を付けてはくれなかったが、それでも最初の頃に比べたら良く実っている。
「さくらんぼってのは違う品種同士を交配させないと実らないらしい。それが、なんだか俺達みたいだなと思ってさ。幽霊族とただの人間が出会って傍に居てひとつ屋根の下で…恋仲になって…俺とお前じゃ実を付ける事は出来ないが、代わりにこのさくらんぼの木がある」
「水木…」
「果物の木は長生きするんだ。俺が居なくなっても、ずっと実をつけて行ければいいと思ってさ」
「水木!」
泣かせるつもりはなかったが、こればかりは仕方ない。
言いたい事をひたすらに言えた俺は俺だけ満足してる。
あぁ、でもまだ言ってない事があった。
「実を付けることは出来ないけれど、これからの俺の人生をお前と共に居させてくれ」
さくらんぼの様に赤い瞳が更に潤んで、流す涙はどちらの意味かは聞けなかった。
聞く前に俺がゲゲ郎の口を塞いでしまったせいでもある。