そのポケモンと目があったその瞬間、頭の中が真っ白になった。大切な記憶がサラサラと消え、零れ落ちていく。
そのふわふわとした感覚に思わず立っていられず、膝から崩れ落ち倒れそうになったところを青緑色の髪を持つ青年に受け止められ、ぐっと体を支えられた。
「私の名はスピネル。あなたの仲間です。何も怖いことなんてありませんよ、フリード博士」
「スピ、ネル……?」
「あなたをお連れしろとギベオン様から命令を受けましてね。お迎えに上がりました」
「仲間、じゃ、な……なん、で、おれ、を……?」
普通なら一瞬で何もわからなくなるはずなのだが、薄れ行く意識の中でフリードはまだ自分に関する記憶を保持していた。それにスピネルは目を見開き驚く。
「おや?どうやらあなたは随分と精神力が強いみたいですね。オーベム、思いっきりやっちゃってください」
「あ……ッ、」
脳裏に浮かんだ仲間達の姿が消えていく。
モリー、ランドウ、マードック、オリオ、ドット、ロイ、リコ。そしてーーーー。
「りざ……きゃ……ぷ……」
大切な相棒が、さらりと消えた。
完全に意識を失ったフリードを、スピネルはため息を吐きながらゆっくりと抱え直す。
「重いですね…」
意識を失った人間は脱力仕切っていて重い。
愚痴をこぼすスピネルにオーベムがねんりきを使って、フリードの体を宙に浮かせた。
「ありがとうございます、オーベム」
スピネルに褒められてオーベムは嬉しそうにふわりと微笑む。彼らは闇の中へと静かに消えていった。
***
ラクリウムで満たされた部屋の中にギベオンはいた。相棒であるジガルデの頭をよしよしと撫でていると、ウィン、と自動ドアが開いて、とある男がやってきた。
「お連れ致しました、ギベオン様」
「ご苦労だった、スピネル」
オーベムがねんりきを使って、意識のないフリードをギベオンの前に差し出す。そしてそのまま自分のスペースへと招き入れ、ギベオンはニヤリと不敵に微笑むと、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「お前にもう用はない。下がれ」
「かしこまりました。では失礼します」
部屋の扉が閉まると同時にオーベムのねんりきがきれて、フリードの体がどさりと床へ崩れ落ちる。意識のないフリードを、ギベオンはじっと見つめた。
「ああ、やはり美しい……」
濃いピンク色のラクリウムで満たされた部屋で、彼の美しい白銀の髪が色移りし、とてつもなく色っぽい雰囲気を醸し出している。
ぴくりとフリードの瞼が動いた。スマホロトムの映像で見たフリードの、きらきらと輝く金色の瞳に光はない。
「容姿端麗、頭脳明晰。バトルも強い。お前は、私の下僕に相応しい」
「あな、たは…?ここは……」
「我が名はギベオン。ようこそ、フリード博士。いや、シトリン」
エクスプローラーズへ。ギベオンはそう言うとゆっくりとフリードの前に手を差し伸べる。
オーベムの記憶操作により何もわからなくなってしまったフリードは若干困惑し、きょとんと首を傾げながらも。自分の前に差し出されたその手をとるのであった。
***
テラスタル研修が無事に終わり、リコ、ロイ、ドットは無事にテラスタルを習得した。
ライジングボルテッカーズは修理を終えたブレイブアサギ号に乗って旅をしながら、数週間前に行方不明となったリーダー、フリードを探している。
「フリード、いったいどこに……!」
オリオはぐっと拳を作りながらぎり、と歯を食いしばる。
ーーブレイブアサギ号を頼んだーー
そう言って微笑む幼なじみの顔が忘れられない。ブレイブアサギ号はオリオが責任もって修理をし、パワーアップも成功して再び大空へと飛び上がった。
六英雄を探す旅も順調に進む中、フリードだけが未だに見つからない。
「ピィカ……」
「キャップも心配だよね……私もだよ」
しょんぼりとどこか落ち込んでいるキャップを見て、オリオはそっとその小さな背中を撫でた。お腹を空かせていないだろうか。寒がっていたりしていないだろうか?
仲間達はフリードが生きていると信じている。信じて探し続けている。
子供たちは現在も強く逞しく成長している。
絶対に諦めないと、フリードとの再会を信じて。
「待っててね、フリード。絶対に見つけるから」
オリオは顔を上げ、前を向いた。
青く澄渡る広い大空を、ブレイブアサギ号は止まらず前進するのであった。
***
「お爺様、フリードに何をした!?」
アメジオは目を見開き驚いた。何故ガラスの向こう側にライジングボルテッカーズのリーダーであるフリードがいるのであろうか。アメジオはそのガラスをだん、と思い切り叩き、血の繋がりを持つ自身の祖父を睨みつけた。
「私は彼に手を差し伸べたまでだ、アメジオ」
「フリード!!おい、聞こえているのだろう!?そちらにいてはいずれお前は……!!」
「あの……、失礼ですが。どなた、でしょうか?」
フリードの言葉にアメジオは目を見開き驚いた。ピンク色のモヤがかかっていてわかりにくいが、忌々しいあの金色の瞳に輝きがない。
「な、に……!?」
「フリード。彼奴は私の孫だ」
「ギベオン様のお孫様でいらしたのですね。本当だ、目元がそっくりです」
よく似ていらっしゃいますねと彼は笑う。
一体フリードに何があったのだというのか。
現在のフリードはいつもと格好が違っていた。
彼が現在着ているのはフライトジャケットではなくギベオンが着ている服と同じものであった。白い服を身につけている彼は、とても違和感があった。一つ結びにしていた髪の毛も下ろされており、パイロットゴーグルもつけておらず、瞳がひとつ、前髪に隠れている。
アメジオは目を見開き驚いた。
「まさか、記憶、が……?」
アメジオの脳裏にちらついたのは青緑色の青年と、そのポケモン。
「アメジオ。彼とは親しかったか?」
「顔見知り程度です。よくバトルを」
「そうか」
ギベオンはふっと微笑みながらフリードの頬に手を添える。フリードは気持ちよさそうに目を細めながら、すり、と頬ずりした。
「いずれライジングボルテッカーズはこの場所を見つけるだろう。この若者を取引に使うのだ」
「取引……?」
「テラパゴスと引き換えに」
「!」
「察しのいいお前のことだ。わかるだろう?」
「……っ、わかりました、お爺様」
ギベオンの言葉にただ頷くことしか出来ないアメジオは悔しそうにぐっと拳を作った。フリードとは純粋にライバルとして対等にいたい相手であった。それが仲間の幹部に記憶を操作され、我が祖父の操り人形と化している。
気に食わない。
祖父の考えは絶対なのだが、アメジオは心の中で強くそう思った。
輝きを失った黄水晶では意味が無いのだ。
黒いレックウザを捕獲するために、フリードに本気のバトルで勝つために力を得てテラスタルを習得し、自分の力でここまで来たというのに。このエクスプローラーズの大いなる計画に自分は必要ないのでは無いのだろうか?
アメジオは部屋を出たあと、ダン、と壁に拳をぶつけ、くそ、と吐き捨てる。ギベオンには逆らえない。だがこれは明らかに何かがおかしい。自分はいったいどうすべきだろうか。自分の進む道に正解はあるのだろうか?
どうしたらいい?
一体、どうすればーー。
アメジオは目を瞑り、ほう、と息を吐いて。
自分自身の魂に問うた。