運命と守護霊に弄ばれた二人※
『伊藤ふみや。貴様は、用済みだ。ーー是より、我は強制交換を行う。対象は、天堂天彦を守護する者・性とする』
「は?え、おいっ!」
自分の守護霊である正邪が手を振りかざすと、黄金色に輝いた液体のようなそれがふみやを覆うとする。身を守ろうと体が強張った瞬間、正邪の背後にいる天彦が見えた。彼に催眠をかけられているのか、ふみやがいくら呼びかけても反応はしない。スカイブルーの瞳に光はなく、どこか虚ろでその目には何も写していなかった。
「ッ、天彦……!目を覚ま、」
『無駄だ。我の術により、貴様の声も届かん。直に、お前との記憶や感情も無くなるだろうよ』
「は、!?なんだ、それーーッ」
ふみやの体を拘束し始めたそれは、氷のようにひどく冷たい。そして、骨が軋むんじゃないかというくらい力が強かった。足と両腕に巻き付いた黄金色の液体が、ふみやの自由を奪い、逃げることは出来なかった。液体のはずなのに、まるで金属のように重く何十にも複雑に巻き付いて、ふみやは重さもあって身動きが取れなくなる。
それが胸の部分にも広がると、肺が押し潰されそうな感覚に陥る。呼吸するのも辛いが、幸いまだ口は自由に動かせる。話すことは出来るのだ。
手を伸ばして天彦の手を握ることも。走って傍に駆け寄って抱きしめることも、出来ないけれど。
ーー無駄だと何度言われても、それでも、天彦の運命は俺だから。
「ッ、ま、ひこ……ぉ!」
『生意気な。ーー口も塞いでやるか』
「…!?」
再び、先ほどと同じように正邪が手を振りかざすと、ふみやの口元が塞がれた。苦しい。
ーーこんな、ことって。
いつものように、ふみやと天彦は家に帰ろうとしただけだった。何も変わらない、いつもと同じ帰り道。ただ、満開の桜の花が散ってしまいそうなくらい、風が強くて。
びゅん!と大きな風が吹いた瞬間、天彦の持っていた鞄が飛ばされて彼は手を伸ばそうとした。手に取ったも束の間、今度は大量の桜を連れてきたつむじ風に天彦が攫われた。明らかに自然のそれではない。そして、隣にいたはずの正邪の姿がニヤリと笑って消えた瞬間ふみやは悟ったのだ。
『小さい頃、実は一度だけ正邪さんとふみやさんを間違えたことがあるんです』
『怒られた?』
そう聞けば、天彦は首を横に振った。そして、『いいえ。でも正邪さんも興が乗ったのか、その時はあなたの真似をしてましたよ』 ととんでもないことを言うものだから、当時のふみやは危うく食べていたドーナツを器官に詰まらせるところだった。トントンと胸を叩きながら、アイスコーヒーを口にした。
『番がお前というのなら、時が来るまで待っていろ。そう言われました。僕は、てっきり素直じゃないふみやさんが運命の相手だとやっと認めてくれたんだと嬉しくて』
でも、それはふみやに擬態していた正邪だった。そもそも、この世界では既に死んでいる守護霊に運命の相手という者は存在しない。共に運命を受け入れて、伴侶として一緒に一生を生きるーー今生きている人間だからこその相手なのだ。
『ーー我が生きていた何千年前もの昔、天彦に似た者が運命だった。今のあれは、転生したあの子かもしれんだろう?ならば、あの運命は我である。貴様ではない、伊藤ふみや』
……死ぬ間際の走馬灯が、これなんだろうか。あいつを残して死ぬなんて。
ーー守護霊の癖に、主人を守れてないうえ殺されるとか、笑えない。
「…っ、、ひこ…!」
その瞬間、どこからか蓮の香りと濃い霧が辺り一面に充満する。そして、現れたのはーー性を名乗る、天彦の守護霊だった。
『やれやれ、見ておれんわ』
性が「こちらへ来い」と誘うような合図を送ると、拘束していたものが急にどろどろになって拘束が解かれた。体の自由が聞いたことに驚いて、ふみやは尻餅をついた。
『よもや強制交換とは……正邪め、それほどまでにあの子に心酔していたとはな。我も抜かったわ。ーー不本意だが、貴様の守護霊となった以上我に協力しろ、伊藤ふみや。我は、正邪の手からあの子を救いたい』
「な、…に?」
彼から予想外なことを提案されたふみやは、思わず目を丸くする。