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    同じ日に顕現した大倶利伽羅と女士の鶴丸を見守る光忠の話です。

    ##大倶利伽羅くんの苦労性な日常
    ##くりつる

    大倶利伽羅くんの苦労性な日常③「光坊、腹減ったー」
     聞き慣れた、それでいてここ数日聞いていなかった声がする。
     厨に入ってきた鶴丸は腹を押さえながら情けない声を上げた。一週間ぶりの長期遠征からの帰還である。光忠はおかえり、と言いながら冷蔵庫の中で冷やしていたものを取り出した。
    「なんだい、これ」
    「チョコムースだよ。チョコレートと生クリームを混ぜて冷やしたお菓子」
    「ほう」
     順番は逆になるが、鶴丸がデザートを食べている間にもう少し腹の膨れるものを作ろうと再度冷蔵庫へと向き直る。夕餉まではまだ時間があるが、満腹になりすぎて食事が入らなくなるのもよくない。
    「なんだか今日は本丸中甘ったるい匂いがするなあ」
     あっという間にチョコムースを食べ終えた鶴丸が、くんくんと鼻を鳴らす。帰ってきてすぐにここへ来たのであれば、カレンダーなども確認していなかったのだろう。
    「明日はバレンタインだからね」
    「ばれんたいん? ああ、ちょこの日か。今年ももうそんな季節なんだな」
    「うん、まあ、そうだよ。そうなんだけれどね」
     なんか、もう少しなにかないのかなあ、と光忠は溜め息を吐く。この平安生まれの刀に期待するだけ無駄なのかもしれない。本丸の刀たちだってほとんどが「チョコの日」と認識している。主は女性であるがそういった恋愛感情を含んで見ている者は皆無だし、主だってそうだった。ただ、チョコを用意して交換し合うイベントは習慣として存在している。みんなお祭り好きなのだ。買ってくる者もいれば作る者もいる。鶴丸が今さっき食べたチョコムースは光忠の手作りだった。
     色恋とは無縁の本丸である、と思う。
     はっきりと言うことができないのには、色々と理由があるのだが。
    「鶴さん、これから暇だろう」
    「ま、昼寝するくらいさ。なにか頼みたいことでもあるのかい」
     可愛い光坊の頼みだ、聞いてやるぜ。笑いながら鶴丸が言うのに、そうじゃあないよと光忠は苦笑しながら首を振った。
    「鶴さんも作ってみない? いつも買ってきていただろう」
     伊達組の中で手作りをしているのは光忠くらいで、鶴丸も大倶利伽羅も貞宗も店で買ってきたものを用意する。大倶利伽羅はこういうイベントにあまり乗り気ではなかったが、みんなにチョコを押しつけられるので自分も用意しなければと思ったのだろう。律儀な男なのである。
    「菓子など作ったことがないぞ」
     鶴丸は光忠の提案にきょとんとした顔をする。
    「僕が手伝うよ。たったひとつ、特別なチョコを作ってみない?」
    「たったひとつ」
    「そう、たったひとつ。たったひとりにしかチョコを贈れないとしたら、鶴さんは誰に贈りたいのかな」
     主以外でね、と釘を刺す。主は別枠だ。誰にとっても最優先であるから。
     そうではなく、感情で選ぶとしたら、鶴丸は誰を選ぶのだろう。
    「えええ、うう、うーん」
     光忠の問いに、鶴丸は腕を組み、首を傾げ、目を瞑ってうんうんと唸った。
    「そうだなあ、伽羅坊にかな」
     ――やっぱり。
     とは思ったけれど言わなかった。
    「どうしてだい」
    「この間面倒な買い物に付き合わせたからな。お礼だ」
    「面倒な買い物?」
    「ああ、新しい下着を買ったんだ。おっと、どんなのを選んで貰ったのかまでは言わないぜ。そういうことが慎みっていうやつだろう」
     えっへん。
     と、得意げに鶴丸が言うが、返答のなにもかもが光忠の求めていた答えとは違っていて、光忠はがっくりと肩を落とした。鶴丸には「慎み」がどんなものなのか、あとでちゃんと教えてあげなければ。まあ、無駄ではあるのだろうけれど。
     同じ日に数時間差で顕現した大倶利伽羅と鶴丸は、弟のような立場で兄のように世話を焼き、鶴丸は姉のような顔をして妹のように頼りない。もっと酷い言い方をすれば、鶴丸は情緒もなにもない、ポンコツなのである。目を離したら危ない。なにをしでかすかわからないという意味で。本丸唯一の女士にして自由奔放の塊のような鶴丸に対し、大倶利伽羅はうまく対応できていると思っている。それは昔馴染みだからか、それとも――。
    「……鶴さんは、伽羅ちゃんのことが大好きだね」
    「ああ、当然だろ。光坊のことも貞坊のことも、愛おしいと思ってるさ」
     笑いながら光忠の頭を撫でる鶴丸に、そうじゃあないんだよと言いたい気持ちを抑える。いつになったら、「たったひとつの特別な気持ち」に明確な名前を付けることができるのか。大倶利伽羅に期待しようにも、大倶利伽羅も似たようなものだ。光忠がふたりの関係に気をもんでいるのを、貞宗は大人しく見守っていこうぜと笑っていたが、もう数年こんな有様なのだ。
     付き合っているのではないか、という噂は幾度となく立って、光忠がそのことについて聞かれることも多いが、付き合っていないよと今までずっと答えてきた。実際、ふたりは付き合っていないのだろう。距離感が多少、おかしいときがあるだけで。本人たちよりも見ている方がもどかしさを感じる関係性である。
    「僕の胃が痛くなる前に早く進展しないかなあ」
    「なんだ、悩み事かい。相談なら聞くが」
     本人に対して相談もなにもないだろう。光忠は鶴丸の問いかけを無視してシンクの上にお菓子作りの材料を出していく。素人でもできる簡単なもの、と頭の中でいくつかのレシピを思い浮かべた。
    「伽羅坊、喜んでくれるといいなあ」
     きっと彼は、多少失敗したとしても受け取ってくれるだろう。
     大倶利伽羅は現在出陣中である。帰還は真夜中になる予定だ。予想外のことが起きない限り、明日には無事に戻ってくる。そのとき鶴丸がチョコを差し出せば、大倶利伽羅にも気持ちに変化が起こるかもしれない。
     鶴丸ではないが、大倶利伽羅へ「良い驚き」が提供できることを、光忠は少しだけ期待してしまうのだった。

     
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    DOODLEドッペルゲンガーだった鶴丸と一振り目の大倶利伽羅の話
    ドッペルゲンガー、恋を知る。第四話 窓辺に吊したてるてる坊主がこちらを見ている。
     鶴丸が顕現した春から季節は過ぎ、本丸には梅雨が訪れた。遠征先で雨は体験していたものの、毎日続く雨には驚きもなくうんざりとさせられる。じめじめとした湿気は気分を憂鬱にさせられるし、気晴らしに外へ出ることもできない。なにより、いつもの習慣であった大倶利伽羅との手合わせができないのは辛かった。道場は手合わせの相手を求める刀剣男士たちでいつもより溢れかえっていて、彼らと一汗流すのもよかったが、やはり大倶利伽羅との手合わせが鶴丸にとって格別なのだというのを再認識してしまうのだった。
    「ええと、これは、美術の棚か」
     書庫の中、鶴丸はワゴンを押す。
     青江の勧めに従って、鶴丸は書庫の管理人となった。司書と呼ぶには知識は足りないので、本当にただの管理人に近い。それでも返却された本を棚に戻したり、今まではなかった貸し出し管理簿を作ったり、やることはそれなりにある。特に、書庫の書籍をリスト化する仕事はなかなかやりがいがあった。鶴丸が顕現するまで本は適当に管理されていたらしいというのは青江から話には聞いていたが、終わるまでにどれくらいの時間がかかるものか。
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