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    鶴を折る話

    春は来ず 春が待ち遠しい、と鶴丸は炬燵に入りながらそう溢した。
     鶴丸は酷い冷え性である。他の本丸の同位体にも聞いて確かめてみたが、どうやら自分はとびきりに、タチの悪い冷え性のようで、冬は全くと言っていいほどに役に立たない。
     主も見かねて鶴丸を暖かい時期へと長期遠征に送り込むことがあったが、流石に毎度毎度そうしてもいられない。なので本丸にいる時鶴丸はこうして炬燵にこもっているのである。
     伽羅坊、茶。
     そう甘えてみるも残念ながら無視されてしまった。
     ちえ、と唇を尖らせて仕方なく自分で茶を注いだ。熱くなった湯呑みで指先を温める。
     なにか茶菓子でも欲しいものだなと考えていると、同じことを思っていたのか大倶利伽羅は炬燵から出ないまま部屋の隅に手を伸ばした。
     どうしたんだい、これ。
     尋ねると、もらったと短く返ってくる。
     大倶利伽羅が取り出したのは包装紙に包まれた小さな箱である。大倶利伽羅はその包装紙を丁寧に剥がして折り畳んだ。几帳面な男である。
     箱の中身はクッキーで、二人で食べるのにはちょうどいい量だった。
     クッキーを齧りつつ、鶴丸は大倶利伽羅の手元を指差した。
     なあ、それくれよ。
     先程大倶利伽羅が折り畳んだばかりの包装紙である。
     大倶利伽羅は訝しみながらも天板に滑らせる形で鶴丸へと包装紙を渡した。
     鶴丸はさらにそれを折り畳み、広げていく。
     じゃーん、と形になったそれを鶴丸は大倶利伽羅へと向ける。
     鶴である。
     あげる。
     いらん。
     そんなやりとりをして、最終的に鶴丸が押し付けた折り鶴を大倶利伽羅は受け取った。鶴丸としては暇つぶしのようなものだったし、大倶利伽羅も後で他のゴミと一緒に捨てるだろう。
     それからもたびたび、鶴丸が炬燵で背中を丸めていると大倶利伽羅があのクッキーを持ってくることがあった。
     鶴丸は鶯丸経由でそれなりに良いお茶を用意することが多かったから、その代わりに大倶利伽羅がお菓子を用意することがある。
     最初食べたものはシンプルなバタークッキーだったが、それ以外にも抹茶やチョコチップなど様々な味が展開されているようだった。
     食べるたび、鶴丸は包装紙を折り畳んで鶴を作った。
     千羽折れたら春が来ますように。
     折りながら鶴丸が願えば、大倶利伽羅は呆れたようだった。
     千羽折る前に春は来るだろう。
     そりゃあそうだが。
     ふるりと鶴丸は震えた。ああ嫌だ。寒い日々は早く終わりにしてしまいたい。
     折った鶴を大倶利伽羅に投げつけながら、鶴丸はそう溢さずにはいられないのだ。

    「鶴さんさあ。あのクッキー、実は伽羅がそんな好きじゃないって知ってたか?」
     桜が蕾をつけている。それを眺めながら鶴丸は小さく頷いた。
     もう戸を全開にしても寒くはないから、開けっぱなしにして換気をしながら部屋の掃除をしている。出したままの炬燵ももうすぐしまわなければならないだろう。
     なんてことはない。最初に大倶利伽羅がクッキーをもらったというのは、単純にいまいち美味しくないから押し付けられたというだけの話だった。そのくせ、大倶利伽羅は鶴丸が炬燵で丸まっているときに限って、よくあのクッキーを買ってきた。
     その包装紙で、鶴丸は何度も鶴を折った。折った後の鶴には興味がなかった。千羽折れば春が来るかもなどと言っておきながら、いくつ折ったのかも覚えていない。当然、千どころか百も折ってはいないだろう。
     大倶利伽羅がその鶴を捨てずに取っていたことに気がついたのは、掃除を始めてからだ。
     彼の文机の引き出しに、入っていた。それを取り出し、膨らませ、並べた。
     やはり千には到底届かない。
    「俺もな。正直、そんな好きな味じゃあなかったな」
     けれど、別に構いはしなかった。
     鶴丸にとって大切なのは、あの優しい、ゆったりとした時間だったのだ。
     炬燵に入りながら春を待つ、ただそれだけの、穏やかな時間だった。
     日が長くなった。
     夜に寒さで目を覚ますことは無くなった。
     桜の蕾は膨らんで、もうすぐ咲くだろう。

     けれど、春は来ない。
     鶴丸が鶴を折らないから。
     鶴を折らないのは、紙がないから。
     紙がないのは、クッキーの箱がないから。
     クッキーの箱がないのは、それをくれる者がいないから。

     冬のとある日、大倶利伽羅は帰ってこなかった。
     待っても待っても、帰ってこなかった。
     それがどういうことなのか、よくわかっていた。

     なぜ、彼がいまいち美味しくもないあのクッキーを何度も自分で買ってきたのか。
     なぜ、鶴丸が折った鶴を捨てずに取っておいたのか。
     なぜ、鶴丸が鶴を折るところを優しげな目で見ていたのか。
     答えはもうわからない。
     ただ、春はもう訪れないだろうと、ぼんやり鶴丸は思った。
     たとえこれから桜が咲いても、日差しが暑くなっても、落ち葉が舞っても、雪が降っても、鶴丸の中では永遠に春は来ない。

     もう、春は来ない。
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    recommended works

    silver02cat

    DONEくりつる6日間チャレンジ2日目だよ〜〜〜〜〜!!
    ポイピク小説対応したの知らんかった〜〜〜〜〜!!
    切望傍らに膝をついた大倶利伽羅の指先が、鶴丸の髪の一房に触れた。

    「…………つる、」

    ほんの少し甘さを滲ませながら、呼ばれる名前。
    はつり、と瞬きをひとつ。 

    「…………ん、」

    静かに頷いた鶴丸を見て、大倶利伽羅は満足そうに薄く笑うと、背を向けて行ってしまった。じんわりと耳の縁が熱を持って、それから、きゅう、と、膝の上に置いたままの両手を握り締める。ああ、それならば、明日の午前の当番は誰かに代わってもらわなくては、と。鶴丸も立ち上がって、その場を後にする。

    髪を一房。それから、つる、と呼ぶ一声。
    それが、大倶利伽羅からの誘いの合図だった。

    あんまりにも直接的に、抱きたい、などとのたまう男に、もう少し風情がある誘い方はないのか、と、照れ隠し半分に反抗したのが最初のきっかけだった気がする。その日の夜、布団の上で向き合った大倶利伽羅が、髪の一房をとって、そこに口付けて、つる、と、随分とまあ切ない声で呼ぶものだから、完敗したのだ。まだまだ青さの滲むところは多くとも、その吸収率には目を見張るものがある。少なくとも、鶴丸は大倶利伽羅に対して、そんな印象を抱いていた。いやまさか、恋愛ごとに関してまで、そうだとは思ってもみなかったのだけれど。かわいいかわいい年下の男は、その日はもう本当に好き勝手にさせてやったものだから、味を占めたらしく。それから彼が誘いをかけてくるときは、必ずその合図を。まるで、儀式でもあるかのようにするようになった。
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