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    折ってしまいたい話

    なまくら 折ってやりたい。
     そう思ってしまうのは、はたして憎しみからなのか、哀れみからなのか、それとも全く別の感情からなのか、大倶利伽羅には判断がつかなかった。
     それは敵を斬り殺すための感情とは、異なるものだった。一刻も早くこの刀を折らなければならない。きっと、ほかの誰にもできない。ならば自分がやるべきなのだと拳を握り、意味の無さを痛感し力が抜けた。
     折りたくとも、折る術がないのだ。

    「やめろ」
     大倶利伽羅の声に対し鶴丸は振り向いたが、おそらくは単純に音というものに反応しているだけだろう。たった3文字のそれすら、今の鶴丸には理解できないのだ。
     地面に座り込んだ鶴丸は大倶利伽羅を見上げているがその瞳にどんな感情が含まれているのか大倶利伽羅にはわからない。
     自分の感情すらも理解できないのにこの男の感情が理解できるはずがない。それでも昔は読み取れたものがあったのに、今はそれも叶わなかった。おそらく鶴丸は心とやらをごっそり落としてしまったのだ。
     本体であり自分自身ともいえる刀を失ったのだから無理からぬことだろう。
     転送事故だったと聞くが詳しくは大倶利伽羅も知らない。強制転送により帰還した鶴丸たちの部隊は、一見すると誰にも怪我はなく無事に思えたが鶴丸だけは帰還後昏倒し長い間目を覚まさなかった。
     そうしてようやく目を覚ましたかと思えばこの有様なので主や仲間たちの苦しみといったらないだろう。
    「鶴丸」
     名を呼ぶ。鶴丸にはその意味すらわかっていない。自分の名前であるという自覚もない。
     大倶利伽羅の発した言葉に首を傾げている。
     そんな鶴丸の手を、大倶利伽羅は取った。周りには花びらが散らばっている。
     鶴丸の手には無数の薔薇の棘が刺さっていた。痛みも感じなくなってしまったのか。
     目を覚ました鶴丸はまるで幼児のように本丸のあちこちを出歩き、それを探すのが大倶利伽羅の役目だった。いっほ地下牢に閉じ込めてしまえばいいと大倶利伽羅は思ったが、主も決断ができなかったのだろう。壊れてしまった鶴丸のことを誰もが遠巻きに見ている。
     強制転送の際、鶴丸の刀のみ過去へ取り残されてしまった。残されたのは鞘のみで、つまり、今の空っぽの鶴丸そのもののようだった。戦闘中ではなかったが刀を抜いていたのだろう。手入れをしていたのかもしれない。聞こうにも鶴丸はこんな状態だ。
     もちろん過去へ鶴丸の本体を探そうとしたが、政府からはしばらくゲートを使用するなという勧告があり、その期間が開けてから本丸の連中で代わる代わる探しにいったが、ついぞ鶴丸の本体が見つかることはなかった。
     戦わない刀剣男士がどうなるのか。
     その答えがこれかもしれない。
     目が覚めた鶴丸は何か言葉を発することはなくこちらの言葉も理解できない。気ままに歩き回りその辺で寝ようとするので回収するのが疲れる。
     大倶利伽羅は鶴丸の手に刺さった棘を抜いたが中には深く刺さってこの場で処置するのが難しいものもあった。
    「あんた、この花が好きだったろうに」
     鶴丸は大倶利伽羅の言葉を理解しようとせずに散った薔薇の花をぼんやり眺めている。
    「あんたを」
     声は震えていないだろうか。
    「あんたを、折ってやりたい」
     戦場で輝く鶴丸の姿を大倶利伽羅はずっと見てきたから。
     こうして戦うことを忘れて鈍らになる姿を見たくはなかった。
     かつての鶴丸も、それを望むかもしれない。あれは矜恃の高い男だった。
     ほかの誰にもできない。大倶利伽羅にしかできない。
     折ってやりたいと、心からそう思った。
     けれどできないのだ。鶴丸がこうなったのは刀をなくしたからで、刀がない以上折ってやることができない。
     人と同じように殺してやるしかないのかもしれないと、大倶利伽羅は薄暗い気持ちで鶴丸の白い首を撫でるが、それがくすぐったいのか鶴丸は身を捩った。
     馬鹿らしい、と大倶利伽羅はそんな鶴丸から目を逸らす。
     ぱらりと頭の上から降ってくるものがあった。
     薔薇の花びらだ。
     鶴丸が自分で無惨にも毟ったそれを、両手で掬い大倶利伽羅の頭上から降らせているのだ。
    「なにをやっているんだ」
     大倶利伽羅の言葉を理解していないだろうに鶴丸はけらけらと笑った。
     以前、同じようなことをされた。
     もちろん毟ったものではなくて自然に散ってしまったものを鶴丸が拾い集めて、縁側で昼寝をしていた大倶利伽羅の頭上へと降らせたのだ。
     あのとき鶴丸のはどんなふうに笑っていただろう。
     あんたを、折ってやりたい。
     口には出さずに大倶利伽羅は繰り返した。
     あのとき抱いた感情が消えてしまう前に、押しつぶされる前に、この哀れな男を折ってしまいたかった。
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    silver02cat

    DONEくりつる6日間チャレンジ2日目だよ〜〜〜〜〜!!
    ポイピク小説対応したの知らんかった〜〜〜〜〜!!
    切望傍らに膝をついた大倶利伽羅の指先が、鶴丸の髪の一房に触れた。

    「…………つる、」

    ほんの少し甘さを滲ませながら、呼ばれる名前。
    はつり、と瞬きをひとつ。 

    「…………ん、」

    静かに頷いた鶴丸を見て、大倶利伽羅は満足そうに薄く笑うと、背を向けて行ってしまった。じんわりと耳の縁が熱を持って、それから、きゅう、と、膝の上に置いたままの両手を握り締める。ああ、それならば、明日の午前の当番は誰かに代わってもらわなくては、と。鶴丸も立ち上がって、その場を後にする。

    髪を一房。それから、つる、と呼ぶ一声。
    それが、大倶利伽羅からの誘いの合図だった。

    あんまりにも直接的に、抱きたい、などとのたまう男に、もう少し風情がある誘い方はないのか、と、照れ隠し半分に反抗したのが最初のきっかけだった気がする。その日の夜、布団の上で向き合った大倶利伽羅が、髪の一房をとって、そこに口付けて、つる、と、随分とまあ切ない声で呼ぶものだから、完敗したのだ。まだまだ青さの滲むところは多くとも、その吸収率には目を見張るものがある。少なくとも、鶴丸は大倶利伽羅に対して、そんな印象を抱いていた。いやまさか、恋愛ごとに関してまで、そうだとは思ってもみなかったのだけれど。かわいいかわいい年下の男は、その日はもう本当に好き勝手にさせてやったものだから、味を占めたらしく。それから彼が誘いをかけてくるときは、必ずその合図を。まるで、儀式でもあるかのようにするようになった。
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