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    美晴🌸

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    美晴🌸

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    病弱×頑丈

    ##本丸軸なふたりの話
    ##くりつる

    あなたの痛みを分かち合いたい どうにも、今日は駄目な日らしい。
     朝から予兆はあった。このままやり過ごせるかと思っていたが、このまま我慢を続けていてもよくないだろう。ちょうど、洗濯物を畳み終わったあとだったので、夕飯は要らないととなりにいた燭台切に告げる。そんな大倶利伽羅の様子に察するものがあったのだろう。燭台切は心配そうな顔をして、立ち上がった大倶利伽羅を見上げてくる。
    「薬は」
    「要らない」
     症状を認めてしまえば、余計辛くなってくる。暮れ始めた夕日が目に痛い。そこから、ずきずきと頭の両側が激しく痛み始めた。
    「このまま寝る」
    「わかった。ちゃんと、防音の札を掛けておくんだよ」
     燭台切の言葉に頷く。各個人の部屋にはそれぞれ、外の音の一切が聞こえなくなる機能がある。有事の際に外の様子を察することができないから、余程のことでは使わないことになっていたが、夕方になれば大勢が出陣やら内番から帰ってきて本丸中が騒がしくなるので、大倶利伽羅も大人しく使うことにした。音も刺激になる。
     部屋へ着き、布団を敷き、部屋の片隅にあるボタンを押す。こうすると、外からの音も光も入らない。大倶利伽羅は布団の中に潜り込み、強く目を瞑った。痛みは時間が経つにつれて酷くなってくる。
     眠ってしまいたかったが、眠気はまったく訪れなかった。こうなったら、ぐっと耐えるしかない。数時間も経てば痛みも引く、はずだ。音は刺激になるが、なにも聞こえないというのはそれはそれで気を紛らわすものがない。部屋の中に聞こえるのは、自分が寝返りを打つ音だけだった。
     何時間もそうやっていると、すー、と障子が開かれる音がし、そしてまた閉じられる。足音を忍ばせているのは、大倶利伽羅が寝ているのか起きているのか判断が付かなかったからだろう。部屋にはいってきた人物は、布団に寝転がっている大倶利伽羅を見下ろしている。よく知っている気配だったので、警戒はしなかった。
    「……血の、匂いがする」
     掠れた声が出た。
    「起こしてしまったか。すまない」
     指が、大倶利伽羅の額に触れる。冷たさが気持ちいい。
    「ずきずきと、ぎゅーっと。どう痛む。ああ、わかった。うん。目は開けなくていい。まったく、薬が飲めたらいいのに」
     刺激とならないように、ささやくように、ゆっくりと。その声に、息を吐いた。大倶利伽羅がなにも言わなくとも、声の主は勝手に察してくれる。
     薬は、好きではない。刀剣男士によって、人間の薬は相性の良し悪しがあって、大倶利伽羅は相性が悪い方だった。何度か飲んだことはあるが、頭痛が気持ちの悪さに変わるだけだったので、燭台切なども無理に勧めてきたことはない。
    「吐き気は、ないな。待っていろ。冷やすものを持ってこような」
     そう言い残して立とうとするので、大倶利伽羅はその腕を取った。驚いたように、動きが止まる。
    「どうした。寂しいのか」
     からかうような声に、ちがう、と真面目に大倶利伽羅は答える。
    「先に手入れ部屋へ行け」
    「片目が潰れた程度だぞ」
     きょとんとした声に、呆れてしまう。この男にとって、擦り傷も片目が潰れたのも、同じ程度にしか感じないのだ。
    「先に治してこないなら、部屋に鍵を掛ける」
    「ああ、もう。わかったよ。じゃあきみも、大人しく寝ておけ」
     そっと頭を撫でられる。抵抗する気はなかった。気力がないともいう。部屋から出て行く気配に、胸を撫で下ろした。最初から部屋に鍵を掛けることはできたが、そうしなかったのは、こうなることを予想していたからだ。また別の頭痛の種とも呼べる。
     再び眠れない時間を過ごしていると、どうやらちゃんと手入れをしてきたようだった。今日は手入れ札を使ったらしい。大倶利伽羅の看病をするためだろう。小さな灯りだけが点けられた。
    「少し、起きられるかい。食べられるなら、粥を作ってやったから食べてくれ。作ったのは俺だから、味の保証はしないがな」
    「光忠は」
    「顔色が悪かったから部屋に押し込めてきた。今日は一段と、駄目だな。一緒に出陣していたやつらもあまり調子がなくて、大人しく帰ろうとしたら、帰りがけに検非違使に出くわしてあのザマだ」
     大倶利伽羅に限ったことではなく、この本丸の刀のほとんどはしばしば体調不良によって寝込むことがある。どうやら光忠も大倶利伽羅と話をしたあとに体調を崩したらしい。いつもはこうも重なることはないから、本当に一段と駄目と評するくらい、今日は相当なもののようだ。
     もともと、大倶利伽羅の主は病弱な方で、よく倒れるほどだった。それが審神者になってから数年経ち丈夫になってきたのと入れ替わるように刀剣男士たちにこのような症状が現れたので、刀剣男士たちが主の体質の肩代わりをしているのかもしれない。真実はどうであるのかわからないが、主が苦しむよりだったら刀たちが苦しむ方が余程いいだろうと、その痛みを受け入れることにした。こんなふうに体調不良で苦しむことはないのは事情があって余所の本丸から引き取ってきた鶴丸だけで、こうやってほとんどの刀剣男士が使い物にならなくなったとき、世話をするのは鶴丸の役目だった。
    「味はどうだい」
    「美味しくは、ない」
    「光坊のようにはいかないなあ」
     ううむ、と唸る鶴丸の顔が綺麗に治っていてほっとする。血で周りが汚れるのはまずいという気持ちを持ち合わせていても、雑に止血して放置することがたまにあるのだ。
     この本丸に引き取られた当初から、鶴丸は痛みに鈍かった。自分ですら怪我をしていることに気づいていないときすらあり、平気で中傷姿のまま彷徨くので困る。幸いなのは衣装が白いので、大抵の怪我は周りの者が気づきやすいことだ。今日は残念ながら同部隊の刀剣男士たちが体調不良で動けなくなってしまったため、片目が潰れた鶴丸をそのまま野放しにしていたらしい。燭台切にも止められなかったのだから、仕方がない。
    「コーヒー、淹れてきた。気休めだけどな」
     コーヒーポットから注がれたそれを受け取った。大倶利伽羅が頭痛で動けないとき、決まって鶴丸はコーヒーを持ってくる。偏頭痛にはコーヒーが効くのだと、どこかで知ったらしい。大倶利伽羅は薬を飲むことを避けているから、今のところこれが唯一の薬と呼べるようなものだった。痛みを僅かに和らげる程度にしかならないが、それでもただ寝転がっているよりは気が休まる。
    「きみの痛み全部、貰ってあげられたらいいのになあ」
     痛みに鈍い鶴丸は、自分が怪我するよりも余程、大倶利伽羅たちが体調不良で寝込んでいるときの方が苦しそうな顔をする。自分にはその痛みはわからないのだと、看病をしながら眉を下げるのだ。
    「こんなもの、味わってもろくなもんじゃないだろう」
    「でも俺は、それが知りたい」
     鶴丸がこの本丸にやってきてから随分と経つが、それでも確実に大倶利伽羅たちと鶴丸の間には隔たりがある。
    「……そんな顔をさせたかったわけじゃない。さて、あとはゆっくりおやすみ」
     鶴丸が再び大倶利伽羅を横たえて、布団を掛けた。目元に手を重ね、目を閉じろとささやく。
    「お前はどうする」
     もともと、大倶利伽羅と鶴丸は同じ部屋だ。大倶利伽羅の症状が酷いときは燭台切の部屋へ泊まりに行くこともあったが、今日はその燭台切も体調を崩している。
    「寝ずの番の連中も駄目そうだからな。今夜は俺が代わるさ。コーヒーは、俺の眠気覚ましでもあるわけだな。きみも眠れなくなってしまったら困るが」
     中傷から帰還してそのまま寝ずの番など、身が持たないのではないか。このままだと、明日もそのまま体調不良から回復しない刀剣男士の代役を務めるだろう。
    「きみたちと違って丈夫だからな。三日くらい寝ないで動いても平気さ。手入れ部屋に入った分、むしろ疲れが取れたくらいだぜ」
     気丈に振る舞っているわけではない。この鶴丸は大倶利伽羅たちが病弱なのとは反対に、一日中雪の中で行動しても風邪ひとつひかなかったくらいには頑丈であるし、疲れにも強い。大倶利伽羅たちの基準は鶴丸には通じないし、その逆も然りだ。大倶利伽羅たちが主に引きずられてかなり人間寄りの体質に近くなったのと反対に、鶴丸はどこまでも道具の性質のままだった。以前いた本丸にいた連中もみんな似たようなものだった、そう鶴丸が語っていたが、それに問題があったからこうして鶴丸は大倶利伽羅の本丸に引き取られたわけで、しかし大倶利伽羅たちが倒れてしまいその代務を鶴丸ばかり被るのでは結局前の本丸での扱いと同じようなものではないかと歯痒い思いをする。
    「俺にとっちゃ、きみたちが気にしすぎてどうにも居心地が悪いし、一周回って気持ちが悪いんだがなあ。かるちゃあしょっく、とかいうらしいが」
     鶴丸と大倶利伽羅たちの「大丈夫」のラインは大きな差があり、実際、鶴丸はその「大丈夫」を裏打ちするだけには心身ともに強すぎるほどに強すぎた。大倶利伽羅がなにも言えないでいると、鶴丸は溜め息を吐いた。
    「そうだなあ。みんなが治ったら、さすがに俺も十時間くらいぶっ通しで寝たくなるだろう。そうなったら、きみ、付き合ってくれよ。俺はきみのとなりがいっとう、居心地よく眠れるんだ。断るなよ。拗ねた俺は面倒なこと、きみは知っているだろう」
     ふふ、と笑い声が降ってくる。灯りが消され、部屋は暗闇に包まれる。瞼を閉じたまま、大倶利伽羅は鶴丸が部屋を出て行くのを黙って見送った。
     いつの間にか、痛みは和らいでいた。コーヒーの効果なのか、会話をして気が紛れたからなのか。コーヒーを飲んだわりに、痛みが引いた代わりに穏やかな眠気が訪れた。再び痛みが戻ってくる前に、僅かでいいから夢も見ずに眠りたい。朝になって頭痛が治っていたのなら、あの男を回収して布団に押し込もうと大倶利伽羅は決めていた。
     

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