呼び声「部屋の下から声が聞こえてくる気がする」
目の下にくっきりと隈を浮かべているのでどうしたのかと尋ねると鶴丸はそう答えた。
「なにを言っているのかは聞き取れなかったが」
鶴丸の部屋は顕現してから数年、ずっと変わっていない。動物か何かが入り込んで音を立てているのかもしれないが、ここ一週間ほどずっと声のようなものが聞こえているらしいから、動物とも違うのかもしれない。
試しに畳を上げてみたり、床下を確認してみたものの、やはりなにかがいた形跡はなかった。
寝不足ですっかり神経質になってしまった鶴丸は、枕を片手に今日はここで寝ると大倶利伽羅の部屋へ突撃してきた。平時であれば追い返すものの、ここ数日の様子を見ていたので、しぶしぶと鶴丸の部屋から布団を持ってきてやって並べて敷いた。流石に布団一組で秋の夜はやり過ごせない。
夜もすっかり深まったころ、となりの布団で動く音がする。鶴丸が厠にでも起きたのだろうかと薄目で眺めていたが、鶴丸が向かった方角は厠の方角ではなかった。大倶利伽羅は起き上がり、部屋を出て鶴丸を追いかける。鶴丸が向かっているのは明らかに自室だった。
腕を引いた。鶴丸が振り返り大倶利伽羅を見るが、こちらを見ているようで見ていない。明らかに様子がおかしい。どうした、と問う。声が、と返ってきた。
「声が、呼んでる」
耳を澄ませてみたが、聞こえるのは虫や鳥の鳴き声、風の音くらいで、やはり声のようなものは聞こえない。
「来いって言ってるんだ」
「呼ばれたからといって行く必要はない」
「でも」
「……俺と見知らぬ声と、どっちを優先するんだ」
なんだか童のような言葉になってしまったが、鶴丸はくすりと笑った。
「それもそうだ」
腕を掴んだまま大倶利伽羅の部屋に戻り、結局一組の布団でぎゅうぎゅうに横になる。鶴丸の身体は夜風に当たったせいか、緊張からか、ひんやりとしていて、まるで死体のようであった。
「なあ、伽羅坊。子守唄を歌ってくれよ。そうしたら声も聞こえないし、よく眠れる気がするんだ」
「わがままを言うな」
「けち。じゃあ俺が歌ってやろう」
鶴丸が小さく調子外れの子守唄を歌っていると、次第に体温が戻ってくるのを感じる。時折戯れに掴む腕に力を入れてみたりすると、鶴丸は笑った。
結局それからも鶴丸は大倶利伽羅の部屋で寝起きするようになった。相変わらず声は聞こえるようだったし夢遊病のように部屋へ戻ろうとすることもあったが、そのたびに連れ戻した。
目の下の隈が消えたころ、鶴丸は一週間の長期遠征へと出かけることになった。流石に時空を越えてまで声は聞こえないと信じたい。
さて、と大倶利伽羅はスコップを持って鶴丸の部屋へ向かった。鶴丸を長期遠征へ行かせるように主へ頼んだのは大倶利伽羅である。そうでなければできない仕事があったからだ。
畳を上げ、床下を確認する。やはり動物などがいた形跡はない。更に下、地面へと、大倶利伽羅はスコップを突き刺した。手応えがあったのは掘り始めてから数十分経過してからのことである。
発掘したそれらを主へと見せると、主は卒倒し始まりの一振りは主は繊細なんだからと怒り始めた。刀剣男士の感覚と人間の感覚はすっかり違っていたことを忘れていたのでそこは素直に反省する。
鶴丸の部屋の床下から掘り出されたのは骨である。奇妙なことに、明らかに男の物、女の物、子供の物が入り交じって、どれも中途半端な数にしかならない。並べてみればてんでばらばらな「ひとり分」が出来上がるのかもしれないが、主のことを慮って、止めておいた。
発見された骨は政府へと引き渡された。この本丸が開かれる前、別の本丸がいたのではないかという疑問をぶつけたが、そんなことはないという。完全な更地にこの本丸は開かれたそうだ。ではこの骨は一体どこからきたのか。埋められたのは、随分昔のようだった。
念のため、お祓いをし、鶴丸にはこのことを黙っていようという話となった。誰だって自室の床下から遺体が発掘されて良い気分にはならないだろう。
結局のところ、大倶利伽羅にとって真相とはどうでもいいものである。遠征から帰還した鶴丸は相変わらず大倶利伽羅の部屋で寝起きしているものの、もう声は聞こえないとほっと胸を撫で下ろした。夢遊病のような症状も、ぱったりと消えた。
困ったのは鶴丸が毎晩大倶利伽羅に話しかけるため、なかなか寝入ることができなくなってしまったことである。これでは鶴丸と立場が逆転してしまっただけだ。たまに甘えたように布団の中にたまに潜りこむことがあったが、大倶利伽羅が追い出さないことに味を占めたようだった。
鶴丸の部屋は、今でも開かずの間となっている。