もう少しだけもう少しだけ
その日は天気も良く、明るい気分で1日が始まった。それはラスティカも同じだったようで、朝から一緒に歌って、踊って、昼から2人でお茶会をして、それはもう最高な気分の1日だった。
しかしそんな絶好調は長くは続かない、嫌な過去や不安というのは、なんの前触れもなく唐突に思い出してしまったりする。
「…クロエ」
さっきまで本当に楽しく喋っていた、市場で出会った素敵なボタンの事、オーエンとお茶会をした事。そんな中、唐突にラスティカと旅に出る前の事を思い出してしまった。何故かもわからない、きっかけもない、本当に唐突に脳裏に過ったのは家族から向けられた視線や言葉、声色
さっきまでの気分が嘘かのように、心が重くなる。
ラスティカにもきっと心配を掛けている、明るく返事をしなければ、泣くな、目にゴミが入っただけと大丈夫だと言わなければ、こんなにも良くしてくれるラスティカに心配を掛けるな。そんな考えは叶わず、視界がぼやけて涙が止まらない、声も発せずやっと出た声は震えている
「…大丈夫、ちょっと目にゴミが…」
震えた声で言っても余計に心配させるだけとわかっているのに明るい声が出ない
「ごめんねラスティカ、楽しいお茶会だったのに」
台無しにしてごめん…そう言い終わる前に優しく抱き締められていた。大好きな香りに包まれてとても心地良い。
「大丈夫、大丈夫だよ。クロエ」
「あっ…」
ひどく優しい声色で呟かれたその言葉は、昔からクロエが泣いてしまった時にラスティカが言ってくれた大好きな言葉、安心して穏やかな気持ちになって、何より大好きな人の言葉だから昔から大好きだった。
大丈夫、大丈夫と呟きながら背中をポンポンと優しく押される。
いつの間にか涙も引っ込み、ラスティカの背中に腕をまわす。
「ラスティカ…少し我儘を言っても良い」
「良いよなんだって、クロエの為なら」
「じゃあ、もう少しだけこのままでいさせて」
「とても素敵な提案だね、丁度僕もそう言おうと思っていたんだ」
今はもう少しだけこのままで、大好きで堪らないこの人に包まれていたい