ウェディングドレスウェディングドレス
ラスティカと旅を終えて大分時が経った、今でも賢者の魔法使いとして大いなる厄災を迎撃する時には顔を合わせるが、少し、というか大分寂しい。
本当に寂しいが、良い事もあったのだ、数年前の大いなる厄災を迎撃する際に俺とラスティカは晴れて恋仲になったのだ、これは俺がラスティカと離れて恋心を自覚出来たから成し得た事だった。ラスティカは俺がラスティカに恋心を抱いていると俺より先に気付いていた様で、俺から告白されるのをずっと前から心待ちにしていたそうだ。
恋仲になれても1人で旅を続けているラスティカと西の国で仕立て屋の店を構えてる俺は、殆ど手紙でのやり取りしか出来ていない。寂しいが、その分会った時の特別感が増す、手紙に書ききれなかったお喋りも、ラスティカの紅茶の匂いも、ラスティカを抱きしめる事も、全てその時のお楽しみ、はやく会いたいと願っているのは俺だけじゃないと信じてる。
そんな事を考えていると扉の方から鈴の音が聞こえた、ハッとして扉に目を向けるととても綺麗な御婦人が入って来る。
「いらっしゃいませ」
背筋をピンと伸ばして御婦人に挨拶をする
「こんにちは、貴方がクロエ・コリンズ様」
「はい、クロエ・コリンズと申します。ご要件は何でしょう」
どうやら俺の存在を知ってくれてる様で少し嬉しい
「実はコリンズ様にウェディングドレスを仕立てて欲しいの」
ウェディングドレス…その響きに何処となく緊張感と気分の高揚を覚える、人生で1度だけの特別な日に袖を通す純白のドレス。
「実は今度私と主人で式を挙げるの、その時のドレスを是非貴方にお願いしたいわ」
ドレスを依頼された事はあるがウェディングドレスは初めてだ、不安もあるがそれよりも、ウェディングドレスを作る事への高揚が勝る。
「是非!そのご依頼承りました。ドレスへの要望をお聞かせ願えますか」
「実は、これと言った物が思いつかなくて、だからコリンズ様に全てお任せしたいわ。貴方の腕を見込んで、ね」
その日は納品の日付と予算等を話して終わった、依頼人の御婦人はリリィと言うらしい、少し遠い所に住むお貴族様だそうだ。
ウェディングドレスを仕立てる事は初めてでも、デザインを考えた事は沢山ある。早速準備に取り掛かりながら俺は、いつかラスティカと挙げるのかもしれない結婚式の事を想像する。
やっぱり俺も結婚式を挙げるとするならば魔女になってウェディングドレスを着るのだろうか、着るならどんなデザインにしようか、2人でウェディングドレスを着るのも楽しそうだ。考えれば考えるのだけ素敵なドレスの形が浮かび上がって来る。同時にいつか来るのかもしれない結婚式を思い浮かべて頬が熱くなる。
今日は描き起こしてもう寝てしまおう、熱くなっていた顔を手で仰ぎ、急いで紙にドレスの大体のイメージを描き起こす。
翌日ポストを見に行って見ると、微かに紅茶の嗅ぎ慣れた大好きな香りのする手紙が1通入っていた。見なくてもわかる、これはラスティカからの手紙だ。
開けて見るとそこにはひと言「明後日クロエの店に寄るね」とだけ、日付を確認するとどうやら一昨日書かれた手紙らしかった。
「今日じゃん!」と短く悲鳴をあげすぐ店に戻る、幸い部屋は片付いているが、ラスティカにプレゼントしようと思っていた洋服や小物の包装が終わっていない。急いで包装しなければ!と思ったところで扉の方から鈴の音が鳴る。遅かったか…と扉の方を見ると予想通り大好きなお師匠様兼恋人の姿が見えた。
「久し振り、会いたかったよ、クロエ」
優しい声で挨拶したラスティカは俺に近寄り少しきつく抱き締める、暖かい大好きな体温に包まれて思わず頬が緩む。
「久し振り、俺も会いたかった」
暫くその体温を堪能した後、名残惜しくも体を離す。
心底愛おしいと言うような眼差しでこちらを見るものだからいつも落ち着かない。
「今日はお店お休みの日だからゆっくりお茶でもする」
「それは良い案だ、僕の旅であった素敵な出来事達もクロエに会いたがっているよ」
「じゃあ決まり!俺の部屋あっちだから先に行ってて、俺はお菓子用意してから行くね」
「楽しみにしてるよ、クロエ」
そう言う残してラスティカは俺の部屋の方へ入って行った、俺も店の棚にあるクッキーをお皿に並べ急いで部屋に入る。
ラスティカは椅子に座って紅茶を注いでいてくれた様だ、そこまではよかったのだが、ラスティカの手元にある紙に目が行く、ラスティカの手元には俺が昨日描き起こしたウェディングドレスのイメージ図が置かれていた。何故かラスティカは熱心にそれを眺めている。
「…ラスティカそれ…」
「クロエ!とっても素敵なウェディングドレスだね、クロエにとても似合いそうだ、クロエのウェディングドレス姿を見るのが楽しみだな、タキシード姿も格好良いだろうね。」
「ありがとう、でもそれは俺のじゃなくてリリィさんのなんだ」
そうラスティカに伝えると何故かラスティカは嬉しそうな顔をした
「クロエはもうウェディングドレスを依頼される程に立派になったんだね、とても誇らしいよ、いつか挙げる僕達の式でもクロエに衣装をお願いしようと思っていたんだ」
初耳の結婚式の話を急にされて思考が停止する、いつかは挙げるかもしれないと考えていた事だがこんなにもはやく話題に出されるとは思っていなかった。
「ラスティカ、式って」
聞き間違えじゃないか念の為聞き返してみる。するとラスティカがおもむろに立ち上がり跪く。
「実はこれを伝える為にここに来たんだ。クロエ、僕と結婚してくれないかい」
そうラスティカが言うと指にラスティカの瞳の様な色のサファイアの石が付いた精巧な指輪をはめられる。
「僕は生涯、君を愛すると約束するよ。クロエ」
唐突なプロポーズに元から動揺しまくりだったのに、約束という言葉に更に動揺する。プロポーズを頭の中で整理していく、顔は既に真っ赤だと思う
「よ、喜んで!俺も約束するよラスティカ、これからの人生ずっとラスティカが好き!約束!」
恥ずかしいけれど、貰った指輪に付いていた石と同じ色の瞳から目を逸らさずに、大好きな恋人へ約束をする。
優しく抱き締められて思わず涙が零れ落ちそうになる、こんなにも幸せを感じたのはいつ振りだろうか、ラスティカと一緒に居る時にだけ感じられる幸せな時間。今はただ、その愛おしい1秒1秒を出来るだけ感じていたい。
今交わした約束が破られる事は俺達の長い人生の中でも決してないであろう、絶対と言い切れる自信が心の底から湧き上がって来る。
「愛しているよ、僕の大好きなクロエ」
「俺も愛してる!」
後日リリィさんのウェディングドレスが完成し、次の衣装の作成に取り掛かる。結局ウェディングドレスとタキシードどちらを着ても楽しいという事でどちらも一緒に着ることになった。結婚式は魔法舎の魔法使い達と賢者様、全員を招待して開く盛大なパーティになりそうだ。
隣にいるラスティカの指にはアメジストがはめられた美しい指輪が、俺の指にはサファイアの石がはめられた精巧な指輪が付けられている。
長くなりそうだからその話はまた別の機会に。