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    SF_AZ_AR

    @SF_AZ_AR

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    SF_AZ_AR

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    WEBオンリーあきれんぜ3で展示していた小話
    とある夏の日の話

    一等星の夜に咲く 夏の夜は、案外冷たい。肌にまとわりつく生ぬるい風や、息を吸う度に肺を満たす空気は重たかった。
     窓が開けられた電車はいつも通りのスピードで走行し、揺れるたびに隣の人と肩がぶつかりそうになる。近くにいる甚平を着た子供が勢いよく膝に直撃し、少し前のめりになった。
    「うおっ。大丈夫か?」
    「う、うん……お兄ちゃん、ごめんなさい」
    「気にすんな。人が多いんだし、怪我しないように気をつけろよー?」
     小さく頷いた子供の頭を撫でてから、視線を上に向ける。車内の電光パネルに表示された時間は約束していた数字を過ぎていた。パトロール中に遭遇した予想外のサブスタンスの後処理に追われてしまい、参加が遅れている。同じセクターのルーキーであるウィルは弟と妹から先にお誘いを受け、午後は休みになっていた。
     このあと顔を合わせるだろうから、冗談の小言をひとつと華麗な捕獲劇の話をするのは悪くない。慣れない手つきでスマホを取り出し、馴染みの名が連なった同期とのチャットをどうにか開く。
    しばらくすれば到着しそうだと連絡だけ入れて、電源を落とした。
     人の多い電車から降りて、裏道を目指す。情報通の同期から教わった秘密の抜け道とやらはすべて頭の中に叩き込んでいる。電子機器が案内をしてくれる機能にはどうにも頼れなかった。正確には使い方がわからないだけだけど。
     右に進み、ひとつの目の曲がり角は左へ。目印になりやすい建物に視線を向けていると、見慣れた青が視界に映り、足を止める。頭を左右に向け、呆然と近くの看板を見つめていた。
    「……あいつ、また迷子になってんじゃねーか」
    無意識なのか、口元に白の手を運び、眉間に皺を寄せている。昔からの癖は変わらず、どうにも気を引かれてしまう。からかいたいような、その手を取って一緒に歩みたいような。
    気丈にふるまっていようと、付き合いだけは長く、動揺が手に取るようにわかる。直接伝えれば怪訝そうな顔と視線を向けられるから、深くは言及しないけれど。
    見つけてしまった以上、心はすでに決まっていた。
    「……ったく、仕方ねーな」
     迷うよりも先に身体は動き、正面まで歩く。時間を確認しているのか、スマホを片手に俯いた男の側に立つ。気づかれていないのは一目瞭然で、顔を覗き込んだ。
    「レーン、こんなとこで何してんだよ」
    「! ……なんだ、お前か」
     驚いたように瞳孔を開き、すぐ細められた。呆れの滲んだ宵の瞳は静かで冷たい。けれど、熱は持っている。昔から負けず嫌いで、弱みは見せたがらない。ばれていようと、なんてことのないふりをする。難攻不落とまでは言わずとも、厄介で面倒で、愛おしいわけで。
    「集合時間とっくに過ぎてんだろ。迷って間に合わなかったのかよ」
    「なっ……迷ってなんかない。用事があるから遅れると連絡は入れてただろ」
    「はぁ〜? んなの見てな……あった」
     言い訳のひとつだと訝しむけれど、スマホのチャット欄を見せつけられてしまい、ただの確認不足であったと理解する。バツが悪く、少し視線を逸らした。
     明らかに大袈裟なため息が聞こえ、文句のひとつも言いたいけれど、今はそれどころではない。遅刻に理由があれど、迷っている事実に変わりはないのだと手探りの状態で周囲を窺う様子からわかった。
    「じゃ、とっとと行くか。同じとこ行くなら別も面倒だし」
    「なんでお前が仕切るんだ。俺は別にひとりでも行ける」
    「へーへー、そうでもなんでもいいんだよ。ここも人混み増えるんじゃねーの? ビリーが言ってた道が使えなくなったら花火見れずに終わるんじゃね」
    「……その前には着く」
     売り言葉には買い言葉で埒が開かない。強情で見栄を張られようと、放ってはおけないから。それに、あとからもうひとりの幼馴染にあれこれ聞かれるのは面倒だ。ここで出会ったのだから、意地の張り合いは不毛で同じ目的に向かえばいい。
    「……あー、この先に猫が集まってる公園があるらしいけど、花火が上がったら音にびびって出てこねーだろーな」
    「……!」
    「夜が一番寛いでるらしいけど、オレひとりで行くか」
     猫、の言葉につられて肩が小さく跳ねる。好きには正直で、釣られやすい。危うくもあるけれど、素直な反応に胸がくすぐられる。なんだかんだ文句は口にするわりに、発言への疑いがない。まるで、言葉にしない信頼がそこにあるようで。
    ゆっくり視線があげられ、控えめに口が開かれた。
    「……ついてってやる。お前ひとりで猫の相手ができるわけがない」
    「なんで嫌味しか言えねーんだよ。ま、この鳳アキラ様が行ったらすぐ懐くだろ」
    「それはないな」
     癪に障るけれど、言い返していたら切りがない。喉元につっかえた音を呑み込み、一歩踏み出した。遅れるようについてくる足音を背に受けて、裏道を進む。
    時折見える人たちは祭を楽しみにしているのか、先ほどの少年と同じように浴衣や甚平を着ていた。色とりどりな姿に、かつて訪れた日が頭によぎった。十年くらいは前だろうか。はぐれないように、口酸っぱく注意を受けていた気がする。
    「……昔、シオン姉ちゃんに連れられてオレとレンとウィルで夏祭り行ったことあったよな」
    「……ああ。お前が屋台で食べ物を買いすぎて食べきれないって姉さんとウィルを困らせてた」
     ひとりごとに近い感覚で呟いたせいか、思いの外拾われて思わず振り返る。同じように祭へ向かう家族を見つけていたのか、視線は交わらなかった。
     追想の横顔がやけに綺麗だと無意識に感じてしまうほどには、何故かざわめきが胸を占めた。見惚れかけて立ち止まりそうになった足を進め、誤魔化すように記憶を辿る。あの頃はいつだって鮮明に思い出せるほど、満たされた日々だった。
    「レンだって迷子になりかけてたじゃねーか」
    「迷子になんかなってない」
    「いーや、神社裏でお前を見つけたのはオレだから間違いないだろ」
     迷子になったレンを見つけてその手を引くのは、いつしか子供ながらに使命のようになっていた。事故があって以降は共有する時間が減り、そんな機会も無くなっていたけれど。すべてが昔通りではない、ただ今は似た状況ではあった。
     離れてからの時間は随分経つけれど、変わらない形だってある。いちいち全てを口にして、伝えるわけではない。視線が、行動が。想いを交わす手段は世の中何通りもある。一番手っ取り早いのは言葉かもしれないけれど、積み重ねるのはそれだけではない。
    「まあ、ふたりして迷子になったけど。この辺とかガキの頃じゃよくわかんね―し」
    「……忘れた。そんな前のこと」
    「そーかよ。お、ここじゃねーの。ネコの穴場」
     裏道から抜け出してすぐにある通りの公園に入り、花壇近くを覗き見る。風に吹かれた音とは違う草木の揺れる音に小さな生命が姿を現した。
     小柄な体に、月明かりに透けた真昼の空の瞳は青く、眩しい。白い毛は土汚れがつき、威嚇するように鋭い目を向けられた。
    「馬鹿、そんな急に近づくな。警戒されるだろ」
     身体を押し退けられ、なるべく背を低くしたレンが遠慮がちにそれへ近づく。無害と気づいたのか、一定の距離は保ちながらもその場から消えはしなかった。
     安心したように息を吐き、しゃがみ込んで猫を見つめる。そうこうしている間にも茶色や黒の毛並みをした他の猫も集まり始めていた。
    「すげー数。こいつらみんな野良ってことか」
    「……そうだろうな。でも、生活に不便を感じてなさそうだから問題ない」
    「そんなこともわかんのかよ」
    「少し見たらわかる。アキラが知らなすぎるだけだ」
     からかいに似た声色に腹立たしさが込み上げると同時に、悔しくも悪戯な子供の向ける視線と似た目に言葉を呑んだ。嘲笑と冗談の混じったそれは、昔と同じでよくわからない本の世界を語っている未来を見つめていた瞬間のようで。
     負けている感覚は悔しくないと言えば嘘になるけれど、笑顔と種類が違えど、再会した日よりもよく笑うようになったのならば、嬉しさもあった。幼き日と同じで競い合っていた在りし思い出となんら変わりがない。
     人通りが多くなり始めている本通りが少し遠くに見えて、太陽の落ちた空に新たな光が咲くまでそう時間がかからないのだとはっきりわかった。道を急く子供は空を見上げ、瞳を輝かせていた。
     動物たちも本能が刺激されるのか、空に対しての警戒は常に残っていた。もう時期騒がしくなるのだと遠くから運ばれる火薬の匂いでも察知しているのだろうか。
    「……マジで遅れそうだし、行くか。こいつらに会いたきゃまた来ればいいだろ」
    「……そうだな」
     名残惜しさに後ろ髪を引かれているのか、言葉と裏腹に反応が鈍い。立ち上がりながら足元へ何度も目を向けていた。
    「まー、どうしてもってなら連れてきてやる」
    「いらない。ひとりで来られる」
    「いや……無理だろ」
    「……っ、うるさい。頼るにしても絶対にお前以外だ」
     もう少しくらい素直に頼られたっていいけれど、そうなったらなったでむず痒いもので。不満と文句のひとつは垂らすけれど、強制はしない。
     公園から歩いて数分の細い道に入り、あたりが見渡しやすい丘の上を目指す。体力勝負のように一歩を踏み出せば、つられたみたいに隣の速度が上がる。そうして登り続けるけれど、目的地は見えそうになかった。
     セクター一の穴場絶景スポットと謳われるだけあるせいか、見つけにくい場所だともわかってはいた。歩幅を大きく踏み出し、小言を交わしながらも進んできた途中、ふいに隣で足が止められた。
    「なんだよ、急に止まって」
    「……花火だ」
    「は? ……マジか」
     見上げた先には最初の花が咲き誇り、あっけなく散っていった。追いかけるように色とりどりの煌めきが空を舞い、一瞬で消えていく。
     胸元のポッケにしまっていたスマホが振動し、確認せずとも催促されているのだとわかった。
    「主役は遅れて登場するらしいし? 夜風にあたってゆっくり向かえばいいだろ」
    「……謝罪くらい連絡しとけ、馬鹿」
    「んなっ⁉︎ 馬鹿ってなんだよ……」
     余計な一言に腹の底が焦れるような熱を持つけれど、メッセージを打つ前に少し離れた先の肩を抱く。突然の接触に驚いたのか、勢いよく視線を向けられた。
    「ア、アキラ。なんのつもりだ」
    「写真。送っときゃとりあえず近くにいるって安心させられんだろ」
     うまくシャッターを切れずに、かろうじて空と人がふたりいると認識できる程度の写真が撮れた。それだけを同期たちに送りつけて、スマホを再びしまう。慣れない機械を操作して時間を浪費するならば、手短に要件だけを伝えて早く向かうが吉だ。所謂効率的、とやらだろう。
    「勝手に撮るな」
    「いいだろ別に。減るもんじゃねーし」
     身体を押し退けられ、少しできた距離がどうにも気に入らず大きく一歩を踏み出してそばに寄る。隣を歩く視線の高さは変わらず、昔と同じままだった。
     遠くから聞こえる祭囃子とそれを掻き消すように弾ける音。涼しくも蒸し暑さを纏う夜の熱。言葉を多く交わさないけれど、そばにいる存在を一瞥して歩みを進める。
    ふいに通り過ぎた人から食欲を唆る香ばしいにおいが鼻腔を掠めた。懐かしくて、切なくて。二度と戻らない日が頭に浮かび、進む足が速度を落とす。
     かつて、ふたりきりで同じ経験をしていた。待ち合わせていた場所には間に合わず、泣きじゃくる同い年の従兄弟の手を引き、華やかな屋台の通りを抜けて行った日。空に咲き誇る大輪の花を見上げ、その美しさに心を奪われた。
    「あの日と同じだな」
    「……何が」
    「花火だよ。結局シオン姉ちゃんたちがいるとこ間に合わなくてふたりで見ただろ」
     ひとつだけ違うのは、今は手が繋がれていなかった。離れないように、幼い頃は体裁など気にもせず触れ合っていて。
    背は伸び、声は低くなった。子供でも大人でもないけれど、高くなった視線が違う時を生きているのだと実感する。
    空を彩る花を見上げ、隣に視線だけを向けた。鮮やかに縁取られる輪郭はやけに美しく、儚い。もう何年も見てきたはずなのに、初めてそれを知ったように頭を打たれる感覚がした。
    どうしようもなく、綺麗で眩しかった。懐かしさの滲む瞳に、思い出を誘う景色。あの頃とはもうひとつ違うのだと胸の内は答えを知っていた。
     喉元を過ぎる熱を飲み込み、何も伝えず一歩先へ進む。砂利を踏む足音だけが後ろから聞こえてきた。
    「進むならちゃんと言え」
    「……わーってるよ、んなこと。花火終わる前までに行けるよう急ごうぜ」
     意識を正常に戻したくて足早に踵を踏むけれど、それを遮るように隣を歩かれてしまう。追いつかれては冷ます熱がいつまで経っても治らなくなる。
    「置いてくな。お前が連れていくって言い出したんだろ、アキラ」
     ふいに視線を上げると、迷子になっていた幼少期の姿と重なるように、試す目を向けられていた。置いていかないでと訴えるそれには、弱い。
     弱くて、脆くて、敵わなくて。前を向けるまで、先に進めるまで。待つつもりだった。無理強いはしたくない。だから、気持ちはすぐに伝えない。
     溢れ出す言葉を飲み込み、手を差し出す。握られないとわかっていようとせずにはいられなかった。
    「……ちゃんと着いてこいよ。置いていかねーから」
    「……ああ」
     誤魔化さずに全てを伝える。遠慮がちに伸ばされた手に夏よりあつい正体を知る。
    きっと数分にも満たない今が、酷く長くて落ち着かない。だけど、心地も良くて。
     夏の夜は冷たい。けれど、触れた指先は確かな熱を持っていた。
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