雪見風呂/道端の雪だるまor雪うさぎ/初雪/ホットドリンク「いいよな、こういうの」
白い靄越しにジョウが言う。人よりもずっと高い体温が冬に吐く息は真っ白で、その先の表情は伺えない。一人ごとのようにぽつりとこぼされた言葉は弾んでも、上ずってもいなかった。
何が”ええ”んじゃ、主語を言わんかい。気を抜けば聞き逃してしまう、そしてそうなっても何も言わないだろう呟きを拾ってやる義理はなかったが、双循はジョウの手の中を覗き込んだ。つい先ほど駅前で手渡されたチラシの中ではタオルを巻いた男女のミューモンが露店で雪見風呂としゃれこんでいる。蛍光イエローで縁取られた『秘境の湯1泊2日 29,800サウンドルぽっきりご奉仕!』の文字が目にうるさい。背景に紛れるようにゼロの後に添えられた「~」の字に双循は眼を眇める。
年末の追い込み商戦には旅行代理店も参加しているらしい。社会人にとっては貴重であろう連休がやってくる。人々の余暇を奪い合うように、この街では様々な娯楽への誘惑があちらこちらに散らばっていた。
「温泉か……ジジ臭い趣味しおって」
「なんだよ。いいだろ別に」
「なにも寒い冬により寒い場所に行かんでもええじゃろ。どうせならワイファファがええわい」
「ワイファファなあ……高ェんだよな」
「ふん、甲斐性なしが」
「言ってくれるじゃねぇか」
年末のワイファファ旅行なら同じ泊数でも桁がひとつは違う筈だ。やれ健康器具だのサプリメントだので何かと浪費の多いジョウにとって捻出は難しいだろう。双循は想像する。ひとこと、言ってくれれば。「行きてぇな」と言いさえすれば旅費くらい出してやらなくはないのに、と。けれどまた白い塊と同時に出された言葉は思いもよらないものだった。
「二人分は流石に痛ェんだよ。貯めてから今度、な」
微笑む顔の中心は初雪の降りだすほどの寒気に赤くなっている。照れもせずにこういうこと口にするのだから、まったく始末の悪い男だ。双循はマフラーの中に鼻を埋めて小さく返す。
「いつになるやらのう」
そっぽを向けた頬が寒さだけではない何かに赤く染まっているのを、道端の小さな雪だるまだけが知っていた。