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    iguchi69

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    2023ホワイトデー(ジョ双) 6/7

    秘密or知らないふり 最近、ジョウが変だ。
     いや、もともと奇妙な男ではある。彼と出会って四年、身体の関係を持ってからは三年。居住を同じくするようになってからは二年目になるが、双循にとってジョウという男は未だに新鮮な驚きを与えてくれる刺激的で退屈知らずの恋人であった。

     それはそうと、近頃の挙動は明らかにおかしい。普段は用もない、月に一度の定期宅配を放り込む以外に使い道のないパントリーにやたら出入りしているし、声をかければ必要以上に返答の愛想が良い気がする。
     浮気だろうか。双循の頭にまず浮かんだのはありふれた疑惑だった。そしてすぐにまさか、と考えを否定する。甲斐性がないという訳ではない。ジョウはああ見えてモテる。というか、黙ってさえいれば見目は花丸をやってもいいくらいには整っているのだ。口を開けば言葉は乱暴、加えて素行は悪いはで不特定多数から引く手あまたという訳ではないが、そういうところだってツボにハマるミューモンにはたまらないものがあるのだろう。
     DOKONJOFINGERがまだまだマイナ―だった頃、ファンとの距離の近かった時代にはそういった熱心な手合いからよく強烈なアプローチを受けていた。社会人になった今とてその魅力は変わらない。
     双循がジョウの不貞をあり得ない、と断じるのには、彼自身の一本気な性質によるものが大きかった。隠れてこそこそとふたり以上を手玉にとれるような器用さはない。仮に可能だったとしても、背信を何よりも嫌うあの男がそんなことをする筈がなかった。もしも双循以外に心を奪われたとして、その瞬間に別れを切り出すに違いない(双循がそれをすんなりと受け入れるかどうかは別問題として)。

     だとすればなんだろうか。頭を捻るが、それらしき答えは手掛かりすらない。双循の聡明な頭脳は一分も経たずにこのささやかな疑問について考えるだけ無駄と判断した。第一、あの男は突拍子もないのだ。あの二色の頭の中では、存外常識的な自分には思いもつかないような頓珍漢な考えが生まれることが多々ある。
     加えて、家人の気配を気にしながら食糧庫に向かう後ろ姿に昔の記憶が疼いたことも理由のひとつであった。それは遠い日の、今は懐かしい思い出だ。

     双循には血を分けた弟がひとりいる。見た目も言葉遣いも似ていないひとつ違いの弟は、幼い頃から料理が趣味であった。食べること、もっと言えば、美食を極めるという点では兄弟そろって一致していたのだと思う。双循はもっぱら食べる専門であったが、凱循は物心ついた頃から和洋食から菓子類まで種類を問わず、製造過程や材料に至るまで調理全般に幅広く興味を持っていた。
     当然、本人が自ら台所に立つようになるのも早かったように記憶している。母や使用人の手つきを真似たのかあるいは習ったのか、あの日彼が拙い手つきで作っていたのはココアとバニラのクッキーであった。兄を警戒して蔵に向かう後ろ姿を思い出す。
     無理もない話だ。当時、双循は何かと理由をつけては凱循のおやつを奪っていた。兄として彼に強くなってほしい一心でやったことであったが、のちの顛末を考えれば己のやり方が間違っていたことは認めざるを得ない。ある日ふといなくなった銀色の頭を思い出した。当たり前のように傍にいた存在を失う虚しさを。あれを味わうのは二度と御免だった。

     双循は自分の選択に絶対の自信を持っている。そして、それが持つ責も、理解して背負う気でいた。しかし弟への接し方だけは、唯一の後悔として心に消えないささくれを残している。
     だからジョウの動向にも首を突っ込まない。自分が大学生としての生活を送っているのと同様に、あちらだってこの部屋を出れば違う顔を持っている。
     どうせ大したことはないだろう。そう嵩をくくったウが変だ。
     いや、もともと奇妙な男ではある。彼と出会って四年、身体の関係を持ってからは三年。居住を同じくするようになってからは二年目になるが、双循にとってジョウという男は未だに新鮮な驚きを与えてくれる刺激的で退屈知らずの恋人であった。

     それはそうと、近頃の挙動は明らかにおかしい。普段は用もない、月に一度の定期宅配を放り込む以外に使い道のないパントリーにやたら出入りしているし、声をかければ必要以上に返答の愛想が良い気がする。
     浮気だろうか。双循の頭にまず浮かんだのはありふれた疑惑だった。そしてすぐにまさか、と考えを否定する。甲斐性がないという訳ではない。ジョウはああ見えてモテる。というか、黙ってさえいれば見目は花丸をやってもいいくらいには整っているのだ。口を開けば言葉は乱暴、加えて素行は悪いはで不特定多数から引く手あまたという訳ではないが、そういうところだってツボにハマるミューモンにはたまらないものがあるのだろう。
     DOKONJOFINGERがまだまだマイナ―だった頃、ファンとの距離の近かった時代にはそういった熱心な手合いからよく強烈なアプローチを受けていた。社会人になった今とてその魅力は変わらない。
     双循がジョウの不貞をあり得ない、と断じるのには、彼自身の一本気な性質によるものが大きかった。隠れてこそこそとふたり以上を手玉にとれるような器用さはない。仮に可能だったとしても、背信を何よりも嫌うあの男がそんなことをする筈がなかった。もしも双循以外に心を奪われたとして、その瞬間に別れを切り出すに違いない(双循がそれをすんなりと受け入れるかどうかは別問題として)。

     だとすればなんだろうか。頭を捻るが、それらしき答えは手掛かりすらない。双循の聡明な頭脳は一分も経たずにこのささやかな疑問について考えるだけ無駄と判断した。第一、あの男は突拍子もないのだ。あの二色の頭の中では、存外常識的な自分には思いもつかないような頓珍漢な考えが生まれることが多々ある。
     加えて、家人の気配を気にしながら食糧庫に向かう後ろ姿に昔の記憶が疼いたことも理由のひとつであった。それは遠い日の、今は懐かしい思い出だ。

     双循には血を分けた弟がひとりいる。見た目も言葉遣いも似ていないひとつ違いの弟は、幼い頃から料理が趣味であった。食べること、もっと言えば、美食を極めるという点では兄弟そろって一致していたのだと思う。双循はもっぱら食べる専門であったが、凱循は物心ついた頃から和洋食から菓子類まで種類を問わず、製造過程や材料に至るまで調理全般に幅広く興味を持っていた。
     当然、本人が自ら台所に立つようになるのも早かったように記憶している。母や使用人の手つきを真似たのかあるいは習ったのか、あの日彼が拙い手つきで作っていたのはココアとバニラのクッキーであった。兄を警戒して蔵に向かう後ろ姿を思い出す。
     無理もない話だ。当時、双循は何かと理由をつけては凱循のおやつを奪っていた。兄として彼に強くなってほしい一心でやったことであったが、のちの顛末を考えれば己のやり方が間違っていたことは認めざるを得ない。ある日ふといなくなった銀色の頭を思い出した。当たり前のように傍にいた存在を失う虚しさを。あれを味わうのは二度と御免だった。

     双循は自分の選択に絶対の自信を持っている。そして、それが持つ責も、理解して背負う気でいた。しかし弟への接し方だけは、唯一の後悔として心に消えないささくれを残している。
     だからジョウの動向にも首を突っ込まない。自分が大学生としての生活を送っているのと同様に、あちらだってこの部屋を出れば違う顔を持っている。
     どうせ大したことではないだろう。そう高をくくる気持ちもないではなかった。それは侮りというよりは、無条件の信頼に近いものだ。そしてその予想は、忘れた頃に半分は的中、もう半分はてんで的外れの形で明らかになる。

    ◇◇◇

     帰宅した双循を出迎えたのは換気扇でも吸いきれない大量の煙だった。もうもうと立ち込める煙の奥で、肉の焼ける香ばしい匂いがする。エプロン姿だけは様になっている恋人が、山盛りに積んだ唐揚げの乗った皿をテーブルに置きながら言った。

    「お前、好きだろ」
     ホワイトデーだからな、そうはにかむ顔に促されてジャケットを脱ぐのもそこそこに席に着く。用意していたのだろう副菜やみそ汁を並べながら、ジョウは機嫌よさそうに同僚のつてで鶏肉を安く買えること、この日の為に材料を買いそろえていたことを語った。

     最後にエプロンを外し、向かいの定位置に座る恋人の表情を見て、双循は己の信条の正しさを実感していた。ほらみろ、この男はこれほどに義理堅いのだ。
     男性である双循には、いくら恋人と言えどもバレンタインデーにチョコレートを渡す習慣はない。自分を信奉する下僕やうんと目上の、若者に集られることだけを余生の楽しみにしているような連中につまらない贈り物をすることはあるが、それは通説で三倍返しが定番になっているお返し目当ての下心からだ。
     しかしながら今年は違った。成り行きで家に持ち帰った一箱のチョコレート。そのお返しに、慣れない料理をしてまで報いようとするその忠誠が気に入ったから、肝心の肉が腿でなく胸であることには目をつぶってやることにする。
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