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    iguchi69

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    2023ホワイトデー(ジョ双) 4/7
    ※ヌヌ

    寒い日 3月にしては肌寒い夜であった。下腹部に何かの圧力がかかり、ジョウは浅い眠りから呼び覚まされる。それがいつからだったかこの部屋に転がり込んだ犬のような生き物であると理解したのは、先ほどまで向かい合った恋人の細腰を抱いていた手の間に捻じ込まれた物体の体温の高さと、得も言われぬふわふわとした触り心地が与える直感によるものだ。
     器用に胴体を丸めジョウと双循の間に潜り込むと、次は四本の手足を目いっぱいに伸ばしふたりの間に己の場所を確保しようとしていた。毛足の長い絨毯のように柔らかく滑らかな毛皮を着た背中側を当てられているジョウはともかく、さほど伸びてはいないとはいえ爪の生えた細い足を腹にめり込まされている双循はたまったものではないのだろう。ジョウよりもっと不愉快な覚醒を経た男の短い舌打ちが暗闇に響く。

    「…………邪魔じゃ、出てかんか」
     いくら気の合わない獣とはいえ猫の子のように首根っこを掴むわけにはいかない。双循は犬の頭を押し返し、ベッドの侵略者を足元へ追いやろうとする。春用に取り換える機会を逃した掛布団の中で低い唸り声が聞こえた。
     双循と犬の相性はすこぶる悪かった。金色の被毛に緑の眼、渦巻いた眉尻といい酷似していると言っても差し支えない要素を持つふたりだったが、それ故にかジョウを挟んだやり取りの際にはまるで恋敵同士であるかのような攻防を繰り返すのだった。
     ジョウにはこれが不思議で仕方がない。と同時に、愛おしくもあった。犬はあくまで犬だ。ジョウを慕い、世界で自分だけを頼りにしているとでも言わんばかりの無条件の信頼はいじらしいが、恋人へ抱く複雑で大きな感情とは種類が違いすぎる。大きく構えていればいいのに。双循は尊大不遜を絵に描いたような男だ。どんな時でも自尊心に溢れ、居丈高な態度に見合っただけの能力を持った彼が、比べるまでもなく自分よりも弱く小さな生き物相手にむきになっているのが、自分へ抱いた愛の深さゆえの揺らぎのようで仄暗い喜びを与える。

     何を張り合ってんだか。ジョウは鳥類族故に夜目の利かない視界の中で、不機嫌そうに顰められた恋人の顔を想像して唇を歪めた。
     普段なら双循と犬の仲を適当に取り持つところだが、今夜ばかりは恋人を優先したい。明日のイベントごとに備え、気難しい彼の機嫌を損ねるのは億劫だった。それに、犬が急にベッドへ侵入した理由にも察しが付く。単純に気温が低いからだろう。冬の間は恋人の来ない日は欠かさずジョウの腕の中で眠っていた犬も、春めくに連れてリビングに置いた自分のベッドで就寝するようになっていた。

     悪いな、そう思いながらジョウは犬の身体を持ち上げる。フローリングに四つ足を下してやると、きゅうんと切なげに鳴いたものの流石に分が悪いことを悟ったのかとぼとぼとしょげかえった後ろ姿で寝室を出て行った。
     ベッドに戻ればふん、と勝ち誇ったような恋人の息が聞こえる。ジョウは犬とは違いちょっとやそっとは乱暴に扱っても平気そうな頑強な体を抱き寄せ、少し硬い狛犬の耳の触り心地と、次いで細い金髪の指通りを楽しんで再び瞼を閉じた。

     翌朝、リビングで自分の寝床ではなく脱ぎ散らした服と鞄の上で丸くなった犬を見つけたジョウは、中に入ったチョコレート菓子のなれの果ての姿を想像して苦笑した。
     こればかりは仕方ない。上着をはぎ取って放ったのも、犬を追い出したのもお前なのだ。潰れて溶けたプレゼントを渡しても許せよ、と未だ眠りこけている恋人へ言い訳を心の中でして、ジョウは扉の開いた音に起き出した犬に挨拶をした。すぐさま左右に触れる尻尾は愚かしいほどに素直で、あいつもこれくらい扱いやすければな、とも思う。しかしその一筋縄ではいかぬ複雑さに惚れてしまったのも事実だ。オレの方こそ仕方がないかもしれない。ミューモンの複雑怪奇な業に自嘲しながら、ジョウは罪滅ぼしのように「散歩行くか」と無垢の塊へと声をかける。返る鳴き声は短く、実に明快なものであった。
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