Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    iguchi69

    @iguchi69

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 71

    iguchi69

    ☆quiet follow

    2023バレンタイン(ジョ双) 2/7

    名前のない贈り物 まただ。
     素っ気ない紙袋の中に入った大小様々の包装紙の中にひときわ目立つ赤色を見つけたジョウは心の中で密やかにため息を吐いた。

     なじみのライブハウスにプレゼントボックスを置いてもらうようになってから2か月が経つ。
     それまでは無償で配りに配って、あるいは頭を下げて、もしくは首根っこを抱え脅しすかしてようやく席を埋めていたDOKONJOFINGERのライブスケジュールに『Sold out』の文字が表示されるようになったのは、間違いようもなくMIDICITYワールド・ワイド・ラブロックFestivalのステージで先鋒を切ったことがきっかけだった。
     反響は社会を知らない高校生の想像の範疇を軽く飛び越えていく。次の定例ライブで、四人の眼下に広がるのは目を見張る光景であった。

     四色のライトが海を作っている。規則性なく蠢くそれらが、いわゆるペンライトと呼ばれるものであると理解するのに少しだけ時間がかかった。気の毒にヤスなどは言葉をなくし、歌いだしに一拍の遅れを見せていたのも今は懐かしい。はしゃぎすぎたハッチンはアンプコードに足を取られ、それを鼻で笑った双循自身も軽い混乱状態にあったと見えて警棒を伸ばすのにまごついていた。尤も、その醜態に気づいていたのはジョウだけだったけれど。
     それほど異様だったのだ。これまでの真強敵や冷やかしの一見客とは明らかに違う性質の観客が箱を埋めている。埋め尽くしている。結局その日の演奏は酷い有様で終わった。が、与えられた喝采はこれまでのどれより大きかったのだから参ってしまう。

     よくあるよ、とそうオーナーは苦笑いで言った。
     出待ちのファンをどうにかなだめ、ありあわせの段ボールいっぱいにプレゼントを抱えた彼は続ける。
    「まあ、売れるってのはこういうことだからねえ」

     音楽性は度外視で見てくれと現役男子高校生という肩書、ライブ中の乱闘をじゃれあいと受取って喜ぶオーディエンスをファンと呼んで良いものだろうか。胸中に沸いた複雑な思いは四人それぞれ顔に出たものの、かといってこちらに客を選ぶ権利も、手段もないのだった。

     とりあえずプレボだけは置いとこう。毎回こうだと人手が足りないから。
     そうやってオーナーが物置から持ってきたのが半透明のコンテナだ。はじめはひとつ。次の週にはふたつ。ピークはみっつ準備していた1か月前のことで、それからは徐々に波が引くように客層が入れ替わり、贈り物の量も減っていった。
     目移りした、ということなのだろう。音楽だけでは引き止められなかった大きな悔しさと、僅かな安堵があった。実際、アイドルのように黄色い歓声を浴びながら演奏したり、顔も知らない他人からもらう義理のない高級品をぽんと渡されるのは気が引ける。
     ファッションに関心のないジョウは知る由もなかったが、シンプルな黒のニットがさる有名ブランドの限定品で家賃二か月分ほどの値段がするとハッチンに指摘された時の肝が冷えるような思いはもう二度とごめんだ。

     熱狂の渦が引いた今では、惰性のように置かれているいっこきりのコンテナには顔と名前の一致する真強敵からの差し入れじみたプレゼントが並ぶのみとなっていた。それでも、この包み紙だけは変わらずジョウのもとに届き続ける。記名のない、けれど毎回同じ包装紙で包まれたそれは、その偏執じみた律義さに違わず妙なものばかりだ。

     解熱用のジェルシートや洗剤、時にはレザーのケア用品だったこともあった。口に入れるものでもないし、未開封の市販品だからと有難く使っていたがうなじに湿った薄紙が張り付いているような気色悪さがどうにもぬぐえない。なにせこれらはジョウがその時々で必要としているものばかりなのだ。まるで私生活を覗かれているようで薄気味が悪い。かといってそんな事実への確証もなく、ただ時だけがのんべんだらりと過ぎていく。
     惰性に流されるまま、送り主のわからないプレゼントを受け取り続けたある日のことだ。これはいよいよまずいことになったかもなと、警戒心の薄いジョウにそう思わせるだけのものが手の中にあった。

    「クッ、なぁにゴム片手にあほ面晒しとるんじゃ」
     背後から覗き込んだ双循が気楽に揶揄を飛ばす。馴染みのない数字の並ぶパッケージは自分で購入したことこそないが、どこのドラッグストアにも並んでいるごくごく一般的な商品だ。
    「いや…………もらったんだよ」
     双循の顔色がわからない程度に変わる。深紅の包み紙のプレゼントについては何度か話をしていた。しかしこれは、ついに一線を越えてやしないだろうか。けれど被害を受けたというほどでもない。ただただ、気色が悪いだけだ。
     結局、実物は後輩の目に触れないよう楽器ケースに隠し、道中のゴミ箱に捨てて帰った。さて、今後どのようにすべきか。いまいち危機の温度感がわからぬまま床についたジョウの悩みは、一週間も経たずして解決する運びとなる。

    「あれ」
    「? どうしたんだ、ジョウ?」
     自分用にまとめられた紙袋を除く。そこには、手紙が数枚と贈り物と呼ぶにはあまりに所帯じみた、ビニール袋入りのよく眠れると噂の入浴剤が入っていた。ここ数か月いつも目にしていた赤は、影も形もない。
     独り言を拾ったのはヤスだった。いや、別に、と言葉を濁す。まさかプレゼントが足りないなどといえるはずもない。飽きてくれたか、それとも最後に爆弾を落として気が済んだのだろうか。釈然としないような、それよりも人心地ついたことへの安心感が勝るような不思議な気分だ。

     その後、ジョウが例の包み紙を目にすることはその次も、次の次のライブでもなかった。

    ◇◇◇

    「ええことじゃろうが」
    「そうだけどよ」
     汗と加湿器で湿った金色の毛先を弄びながら言う。妙な贈り物が止んだのはほっとする。しかし、それ以上に依然として理由がわからないことへの歯痒さが残っていた。
     どこの誰がなんのために。考えても仕方がないが、解消されなかった疑問が頭の隅にこびりついて時折顔を覗かせる。

    「ふん、考えたところで無駄じゃろうて。ああいう手合いは関わるだけ徒労ちゅうもんじゃ」
     確かに、顔も名前も、性別すら知らないミューモンの真意など探るだけ無駄なのかもしれないとジョウは思った。だが正体がわからないからこそ心の靄もすっきりと晴れないのだ。ふぅ、と小さくため息を吐くジョウの横顔に双循が続ける。

    「止めじゃ、止め。好いた男のサイズも見誤るようなねんねのクソガキなんぞ早う忘れんかい」
     いかにも意味ありげな言葉に視線を向ける。薄暗闇で緑色の目がいたずらそうに細まっていた。お前な、と言いかけるのを止める。
     よく訓練された猟犬のように執念深く抜け目のないこの男の口を割らせることの方がよほど骨が折れそうだと判断してのことだった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💘💘👍
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works