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    iguchi69

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    2023ホワイトデー(ジョ双) 2/7

    リボンの色 軋む床板を沈ませながら部屋に入った時、季節外れのクリスマスツリーに出迎えられたのかと思い、ジョウは人知れず目を丸くした。物音に気付いた金色の塊が振り返り、翡翠色の視線が鋭く刺さる。それは案の定というか、本体こそよく見知ったミューモンだったが、長い髪のあちらこちらに珍妙な装飾を施された双循であった。

    「ただいま。お前、何やってんだ」
    「…………さっきまでバルトとニケルが来とったんじゃ」
     苦々し気な口調に納得する。道理で、頭のてっぺんから毛先までリボンまみれになっている訳だ。

     DOKONJOFINGERの面々がここ、Shibuvalleyの安アパートに住んでいたのはつい一週間前までのことだ。
     ユーダス校長から言いつけられた共同生活は全員分の『卒業お約束証明書』の授与という形で幕を閉じた。そして同時に退去の段取りが始まる。通常ならば引っ越しまでは住み続けるのだろうが、四人には当然ながら元々住んでいる家があったからだ。
     こんなボロ屋になんぞ一秒でもいられるかという態度の双循に、絶えず入り込む隙間風にすっかり参ってしまいちっちゃくなった姿のハッチンが続く。ヤスは言葉にこそしないものの、家にひとり残している母が心配と見えて控えめに同意を示していた。ジョウはといえば、短いようで長かったこの暮らしが突然終わることに若干の寂しさを感じていたが、それを口に出せばサラウンドの揶揄が飛ぶことがわかりきっていたから多数決に従うことにした。

     部屋の引き渡しは十日後だという。とりあえず解散し各々の家に戻って、最後の日までは部屋の掃除や後始末(特に、投げ飛ばされたハッチンが自慢の針で穴を開けた障子などの)に交代で通うということで合意に至った。
     とはいえ広くもない部屋だ。仮住まいだったのもあり、運び出す荷物などたかが知れている。畳を掃き床板を磨きあげ、苦戦すると思われた台所も、主に使っていたヤスが毎回手入れしていたのもあって入居前の状態に戻すのにさほどの手間を要さなかった。あとは障子やふすまの修繕を残すのみだ。

     ジョウは手に提げていたホームセンターの袋を下ろす。中には糊と、ロール状の障子紙が入っていた。当番のパートナーである双循から送られたメッセージ通りに買ってきたものだ。本人曰く、自分が先に部屋に行き古い障子紙を剥がしておくとのことだったが、正直なところジョウはこの言葉をさほど信用していなかった。だからこそ二重に驚いたのだ。双循が言葉通り先に来ていたこと。そして、変わり果てた姿になっていたことに。

    「ちゃんと引っ越しのこと言ったのかよ?」
    「はぁ? なにガキ扱いしとる。だいたいおどれに関係ないじゃろ、余計なお世話じゃ」
     隣室に住むユニコーンの兄弟――バルトとニケルは、どういった縁だかやたらと双循に懐いている。何かきっかけがあったのか、ジョウは彼らの関係の始まりを知らなかったが、親しい隣人に挨拶もなしに去ることへの不義理を良しとしない信条はあった。その上相手は純粋な子供なのだ。慕っていた大人が黙っていなくなることにどれほど傷つくことか。
     それに双循にしても同じだ。質素な暮らしの中であっても入念な手入れを欠かさない自慢の長髪を、好きなように遊ばせて玩具にするのを許すほど懐に入れた相手と何もなく離れて良い筈がない。

    「挨拶しとけよ、ケジメだろ」
    「…………」
     双循は何も答えない。爪の先は固結びされた紫色のリボンをかりかりと搔いていた。子供らしい手つきで力いっぱい結ばれたのだろう。結び目は解けそうな気配すらなかった。ジョウは片膝を着いて双循の傍に座る。
    「取ってやるからあっち向いてろ」
    「っは、誰がガサツなクソ不死鳥なんぞに頼むか」
    「そのままじゃ髪くくるのも無理だろ。ま、てめぇが糊まみれになってもオレには関係ねぇけどな」

     舌打ちと同時に半月型の瞳が見えなくなる。存外丸い後ろ頭は年相応にあどけない気がして、ジョウはく、と笑いを嚙み殺した。間違っても燃やすなよ、と刺された釘をはいはいと聞き流す。
     双循の髪は様々なもので飾られていた。無秩序な色のリボンに、花飾りのついたゴム。三つ編みには至らない、ふたつに分けた房をぐるぐると交差させただけの髪を慎重に解きほぐす。そう長くはない時間だったが、退屈したのか双循はことの顛末をぽつぽつと話した。

     部屋に入るところを見つかりなし崩しに訪問を受けたこと。これ幸いと障子を破らせてやると言ったこと。幼い子供にとって、普段は決して許されないものを壊すのは破格の娯楽だろうなとジョウは思った。バルトは始めこそ遠慮していたが、どうせ張り替えるからと言えば素直に弟と穴あけ競争をし出したこと。そして、髪の惨状はお礼の名目であったことを初めて知った。
     ジョウはそれは無碍にし辛いだろうなと思った。区立DO根性北学園では悪魔の狛犬と恐れられ、名前を呼ぶのも憚られるとばかりにあのお方と称されている双循だが、なぜか子供にはめっぽう弱い。特徴的な方言や一人称の所為だろうか、十代にしておじさんと呼ばれていることを知れば生徒会の連中などは卒倒しそうなものだ。
     仲睦まじい幼子のことを話す双循の声色は柔らかく、ジョウはそれに応えるように丁寧に髪をほぐしていった。

    「おらよ、終わったぜ」
    「ん……っ~~……」
     長い腕が上に突き上げられ、全身で伸びをする。ジョウは小山ほどになったリボンや髪飾りを脇にどけながら、「これ、どうする?」と聞いた。
    「そこに置いとれ、後で始末するけえ」

     あえてそれを選んだかのような物騒な言葉遣いにジョウは吹き出しそうになった。よく言う。ゴミにするつもりならハサミなりなんなりで切ってしまえば良かったのに。実際にこの後双循が彼らからの餞別をどうするのかは分からない。が、この時点ではいらないと言ったも同義だからと、ジョウはその中から一本のリボンを拝借した。この面倒な仕事をやり切ったのだから、報酬くらいはもらっても良いだろう。

     双循は障子貼りの仕事のためか軽くなった髪を高く結い上げていた。ジョウはその隙に掌のリボンをパンツのポケットに捻じ込む。菓子か何かの包みだろうか、金の箔でロゴと縁取りが施されたそれは鮮やかなエメラルドグリーンをしていて、今はこちらに向けられていない彼の視線によく似ていた。
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