SS「ルナ頼む」
ボスが声を掛けると、ルナがスマホを見つめながらカウントダウンをスタートさせる。
「3、2、1·····」
「ゼロ」という声が響くと同時に、目の前のブリッツはルービックキューブを回すように銃を組み立て始めた。その動きに迷いはなく、楽しんでいるのか舌がちょろりと出ていた。
体感0.5秒、僕が遅い。
でも今日はいつもより手が動く。焦るな、と目の前の銃に集中するのに、額に冷たい金属が当たった。
「はい、負け〜」
ブリッツは銃をテーブルに置き、はぁと大きくため息をついた。
「·····すいません」
思わず肩をすぼめて謝る。
椅子に腰掛けて、ボスはテーブルに足を乗せた。
いつもなら直ぐにでも罵詈雑言が飛ぶのに、彼の口から出たのはアドバイスだった。
「お前な〜いつも言ってんじゃん。頭で考えるから遅くなンだよ。てめぇはオナニーすんのにも、いちいち考えんのか?あ?竿持って〜、亀頭お手手でくちゅくちゅして〜、擦るのはゆっくり根元から〜って。あ〜〜〜〜三擦り半でイッちゃう〜。流石、早漏。そりゃミリーにケツ掘られるわ」
──全然アドバイスじゃなかったし、早漏だからミリーにお尻を弄られてるわけじゃない。あくまでも愛の営みの延長線の一つ·····っておい!
「その例え何とかならないんですか!」
要は自然にできるようになれって言いたいんだろうけど、チョイスする言葉が最悪だった。ブリッツらしくはあるけども。
ボスは目を細め鼻を鳴らす。
「できねぇから教えてんだろうが。例えが気に入らないなら、俺に勝ってからぬかせ。殺すぞ」
「……承知しました。ボス」
ブリッツの顔は不機嫌で、呟く言葉もろくでもない。でも訓練の時はいつも心なしかウキウキしている。怒鳴らなければ、彼と共に過ごす事は学ぶことも多く有益だ。
ボスは組み立てた銃を再びバラしながら、「もう一回だ」と命じる。
「でも今回は前より随分早くなってる。ごちゃごちゃ考えなくても、てめぇの指はちゃ〜んと銃のご機嫌をとってんのに。頭でっかちのモクシーさんが邪魔するからさ〜。あーあ」
やれやれと首を振りながらブリッツは、パーツと化した銃を無造作に机に置いた。
(あ……もしかして褒めてる?)
珍しい日もあるもんだ。でも悪い気はしない。僕は口角が上がりそうになるのをグッとこらえた。ボスに見つかったら、機嫌が急降下するのは目に見えている。
僕の配慮を他所に、ブリッツは銃を見つめながら思案する。
「ま、あれだな。練習だからって弾が入ってねぇのが緊張感なくすよな。イキたくてもイケね〜って感じ」
「はい?」
「でも実弾入れるとお前死ぬし。は〜あ。でも何回やっても負ける気がしねー。やる気なくなんだよなぁ……マジで」
ブリッツは手をポンと打って、とんでもないことを口にする。
「あ·····そうだ。いいこと考えた。次負けた方が勝ったヤツにフェラするってのはど?いや聞くまでもねぇわ。そうしよう」
「はぁ?何食べたらそんな考え浮かぶんですか!嫌です。絶対に嫌だ!アンタにフェラするくらいなら死にます!」
「お〜、いいね。その調子で死ね」
カラッとした笑みを浮かべたボスは、ルナにもう一度声をかける。練習は勝手に再開された。
カウントダウンをBGMに悪い顔を浮かべたブリッツは、低い声で囁く。
「俺にテメェを殺させんなよ」
無駄に漂う色気と戯言。本当勘弁して欲しい。しかし売られた喧嘩をスルーするなと僕に教えたのはブリッツ。
ボスを睨みながら負けじと返す。
「そのセリフそっくりそのままお返ししますよ」
ゼロの合図で僕達は銃を組み立てるべく、再び手を伸ばした。
*
結果はドロー。
銃を互いに向けながら、何とか肩で息をした。できたと拳を握る感覚がある一方で、息一つ乱さないブリッツを見て自分の実力不足を痛感する。
ボスは満更でもない感じで、銃をバラさずにテーブルに置いた。
「あ〜。お前の下手くそなフェラ味わって顔射したかったのに」
「……本当最低ですね。僕があんたにフェラすることなんて一生ありません!」
「はは、この調子で精進しろよ。まぁ万が一負けても俺はお前にフェラすんのは問題ないぜ。俺様のテクニックで天国見せてやるよ」
「寝言は寝て言ってください」
ブリッツは僕の話を聞かずに、揚々と続ける。
「よし、感覚掴むまで賭けはしばらく継──継続することはないし……これは軽〜い部下とのコミュニケーションってやつで、そう!軽口!ジョーク!本当にするフェラなんてする分けねぇだろ!な、ミリー!そうだよな!」
ブリッツの目線が急に泳ぎ出す。
そして突然でた妻の名前。
彼の視線の先に、顔を向けると、IMPの入口にドーナツの袋とコーヒーを持ったストラス公とミリーがいた。
肖像画のように無表情をキメる殿下と対照的に、ミリーはお腹を抱えて笑っていた。いつの間に帰ってきたのかと思うよりも、話を聞かれてた事に血の気が引く。
思わず口が開いた。
「で、殿下誤解です。ブリッツはすごく下品ですが、決して部下と一戦交えたいとか……よく言ってますけど、やられたことは一度もありません。安心してください。言動に本気は混じってますが有言実行しない、優良インプです」
「おいコラ、モクシー。てめぇ、全然フォローになってねぇぞ!でもストラス、こいつの言ってることはほぼ間違いない。MMとは一発やりたいが、未達だ。安心しろ」
「ブリッツ!アンタバカか!なんで自分で墓穴ほってんですか!」
「だって事実だろうが!あ、·····ストラスさん?ちょっとお顔が·····。へへ、ダーリン。怒んなよ·····せっかくのイケメンが勿体ないぜ!ちょ、無視すんな!ホールドすんな!悪魔の嫉妬は醜·····ぐっ、く゛し゛。ギブギブ!死ぬ死ぬ!」
ドーナツとコーヒーをミリーに託し、ストラス公はボスを羽交い締めしたまま、ポータルを開きあっという間に消えてしまった。
最近こんな展開ばっかりだ。ネタが尽きたのかもしれない。
ニコニコと笑みを浮かべるミリーに恐る恐る近づきながら、僕はブリッツの言葉が冗談であることを強調した。
「おかえり、ミリー。殿下と一緒に差入れ買ってきてくれたの?ありがとう。·····あのさ、さっきの話、本当に冗談だから。分かってると思うけど、ボスのいつものアレだよ、アレ。も、勿論僕は君一筋だし、ボスにフェラなんて絶対しない、いやしたくもないから!安心して」
ミリーは笑みを深めたまま、頷く事も同意する事もなかった。え、何、怖い怖い。
「ミリー……んっ」
言葉を紡ぐ唇の上に、ミリーの指がそっと乗った。怪しげな笑みを浮かべながら、彼女の口から出た言葉は甘くてロマンチックなお誘い。
カーッと体温が上がるのを感じながら、僕は頷く。
もう頭の中はミリーでいっぱいで、ブリッツの状況を心配する気持ちは完全に消えてしまった。