SSブリッツォにケーキを渡してから、アイツがどのタイミングでパーティーから出ていったのかは分からない。興味もないし、正直どうだっていい。
階段を降りて、バルコニーに出る。
リビングワールドは意外と寒い。
はぁと小さく吐いた息が白くなった。
泡のように消えていく息を追いかけると、真っ暗な空に星が瞬いている。地獄じゃ絶対見れない、澄んだ空。
「ま、私は百万ドルの夜景の方が好きだけど」
テーブルに残っていたベルゼジュースを飲みながら呟く。
アイツと別れてからは歌手として上手くやってきたけど、心にぽっかり空いた穴は何をしても埋められなかった。喉を焼く甘いアルコールが身体を燃やしても、南極にいるみたい。
だけど、ずっとバカみたいに抱えていた気持ちをちょっとだけ吐き出だせたのはよかった。アイツのクソ情けない顔も拝めたしね。
だからかな、今日はちょっとだけぽかぽかしてきた気がする。
「ヴェロシカ! 今年もありがとう! ちょ〜たのし〜!」
「はは! ご機嫌じゃん! 夜はこれからよ!」
酔っ払った女の子が笑いながら話しかけてくる。ご機嫌な音楽が鳴り止んだら、ワーッと歓声が響いた。
次のDJは私のお気に入り。
「踊るか〜!」
空になったカップをポーンと投げ捨てて、私は部屋に戻った。
*
ダンスで盛り上がった部屋は熱気に溢れていた。
私は一人頷きながら辺りを見渡す。
一人でいる子や、途中から来た子を見つけて声を掛けたり、案内したり。たわいのないお喋りに夢中になっていると、視線の端にストラスを捉えた。どうやらタンクトップのイケメンとうまくやっているようだ。
(よしよし)
なんて勝手に応援してると、イケメンが口を開く。
「殿下、もっと静かな場所に行きませんか」
ストラスでもないのに、私は心の中でガッツポーズを取る。でも、何かモヤっとした。奥歯に何か引っかかる、あの感じ。舌で触ってもなかなか取れないヤツ。
私は胸に浮かんだ疑問の答えを見つけるように、ふたりのやりとりを見守る。
ストラスは嬉しそうに微笑んでいたけど、明らかに酔っ払っていて冷静な判断できなさそう。目の前のイケメンを見つめてるのに、遠いとこにいる目をしていた。
「いいでしょう? 殿下」
(あ……)
パチンと頭の中で何かが弾けた。
(分かった。コイツ、名前呼んでないんだ)
今日パーティにストラスが来るのは招待した全員が知っている。ステージで彼のことも紹介したし、知らないはずがない。
ストラスが貴族で王子様なのは百も承知。このイケメンはきっと敬意を払っているだけ。
分かってる。
分かってるけど、胸に広がる嫌悪感は止めることができなかった。だってここは、クソ男に振られたどうしようもない悪魔が集う場所。
(王子だろうが、歌手だろうがそんなの関係ない)
イケメンがストラスの手を取る前に、身体が勝手に動く。
「ストラ〜〜〜〜ス! 飲んでる〜?」
「あ……、ヴェロシカ」
「ちゃんと覚えててくれてんじゃん。いい子、いい子。次は私のお気に入りのDJよ! 今夜は踊って踊って踊りまくるわよ! 初代元カノと最新元カレのコラボなんて貴重なんだから、付き合いなさい! じゃ、借りるわよ! バ〜イ♥︎」
私はストラスの手を取って、奥の部屋に向かう。最高にイケてる爆音が、私を応援するように肌を撫でた。
人気の少ない場所まで引っ張って、私はストラスを見上げる。
「えっと、ここ……、私は」
「ストラス、アンタちょっと飲み過ぎ。そろそろ帰った方がいい。このままじゃ絶対、痛い目見る」
「あ……。うん」
分かっているのか分かっていないのか、ストラスは瞬きをした。
「ストラァ〜ス! しっかりして」
「ん」
自分の名前に反応して、嬉しそうにふにゃんと笑う。まるで子供みたい。貴族ってこんなに無防備になんの?
色々差し引いても、正直、可愛いなと思う。……100%タイプじゃないけど。
(アイツがハマるの……少し分かる気がする)
とろんとした目がゆっくり瞬きした。
これはいよいよお眠なヤツ。まったくこうなると、庶民も王子も大して違いなんてない。みんな等しく、酔っ払いだ。
「とりあえず家まで送るから!」
ポケットに入れていたアクリルキーホルダー付きのクリスタルを取り出して、そっと撫でるとストラスが服の裾をちょんちょんと引っ張る。
「今日は……ありがと。ヴェロシカ。私を……誘ってくれて」
「ははは、真面目か。今度なんか美味しいものでも奢りなさいよ!」
「久しぶりに……名前……ちゃんと……」
目を閉じてゆらゆらと揺れ始めたストラスを慌てて支える。
「わ、ストラス! 家に着くまで寝ないで!」
「うん。うん。大丈夫」
「たっく。アンタ分かってないでしょ。全然大丈夫じゃないし」
苦笑いしながら、ストラスの手を取って肩にかける。
ポータルが開いた先には、私のタワマンとは違うゴージャスな邸宅が姿を現した。とりあえず、玄関まで送れば誰かが出てくるだろう。
ムニャムニャと口を動かすストラスはもう半分夢の中にいっちゃってる。
「君……優し……」
消えちゃいそうな呟き。言いたいこといって、ストラスはスースーと寝息を立て始めた。
「バカね」
それでも誰かに褒められるのは嬉しかった。
ブリッツォには偉そうなこと言ったけど、パーティを開いている本当の理由は──。
「アンタのためじゃないんだよ、ストラス。私のやってることは、誰のためでもない。全部、ぜーんぶ、私のため。昔救えなかった自分を……、過去の自分達に優しくしてるだけなんだって。……アンタ知らないでしょ。自分痛めつけるためだけに、肩書きサングラスひっかけた男とやった後の朝の最悪さ。思い出しただけでも、ゲロ吐きそう」
何度後悔しただろう。
馬鹿だったって泣いて叫んでの繰り返し。あの時別の道を選んでたら、なんて100万回考えた。
でも過去は変えられない。何回目でわかったっけ?
目の前で同じ悲劇が繰り返されるのを見過ごすぐらいなら、こんなパーティ、はなからやってない。
そもそも、ストラスが後悔するかしないかはわかんないんだけど。
「でもさ。殿下──なんて呼んでる軟弱者にはさ、ヤル資格なんてないんだよ」
口にすると心がちょっとふわっとする。
だからやっぱり私はストラスを助けてるんじゃなくて、私自身を救ってるんだ。
「あのイケメンが、マジなら私の邪魔なんて大した障害になんないっしょ」
ちっとも重くない身体を支えながら、無駄に遠かった玄関に到着する。ベルを鳴らしながら、思わずぼやいた。
「は〜あ。これ結果的にアイツのアシストしてんじゃん」
頭に浮かぶしょぼくれたインプの顔。
でも自分の行動は間違ってないと思う。だから背筋はピンと伸びたままだし、後悔もない。
だって私はめちゃくちゃイケてるヴェロシカ・メイデー。
いい女がここにいるのに、気づかないこの世界がクソなだけなのだ。