SS色を失った世界で、私は独り佇む。
そこは真っ白で静寂だった。
地面は心地よいほど柔らかいのに、シミひとつない空間は、まるで病院のようで、心が落ち着かなかった。
ここは……。
私は誰かを待っていて、何かを探さなきゃならないはずだ。なのにボーッと突っ立ったままでいる。
時折、前を横切る影に手を伸ばす。一瞬触れた影が、音を立てて弾けた。
氷が崩れるような、キレイで澄んだ音色。
小さく瞬きすると、目の前には、愛しい娘がいた。
ヴィア──。
呟いた名前。
彼女には声が聞こえないのか、私を見つめることはない。薄い肩を震わせて涙を流している。
ヴィア!
抱きしめて、慰めたいと思うのに、身体は動かず、手もだらんとぶら下がるだけで、伸ばせない。
ヴィアが顔を上げ、私を捉えた。
その両目に憎しみが浮かび、揺れる。彼女は血を吐くように喚き散らした。
「嘘つき!」
「私じゃだめだった!」
「アンタは彼を選んだ!」
唇を震わせたヴィアは、静かに肩を落とす。頬をつたう涙が、キラキラ光ながら落ちた。悲しみに満ちた声が、ぽつりぽつり言葉を紡いでいく。
「どうして……」
「……私が枷だった。居なきゃ良かった……」
「──に、……ない……で」
「ひとりにしないで」
否定したいのに声が出ない。
彼女を枷だなんて思ったことは一度もない。過去も未来も彼女をひとりにする選択肢だってない。なのにそれを伝える術がない。
声が出なくても私は叫び続けた。
愛してるヴィア。ひとりになんて絶対にさせない!
ふと、足元から氷が産まれる嫌な音がする。全身の血を凍らせるような冷気が脚を掴んだ。
「……」
ヴィアがほんの少し口を動かした瞬間、澄んだ氷が彼女を包み込こんだ。
私は息を呑み、首を振る。
耳が痛いほどの静寂が訪れ、美しい氷は、ミシリと音を立てた。
やめろ!
身体は動かない。
氷の破片が重力に導かれ、吸い込まれるように地面に落ちていく。欠片が音を立てて砕けると、光を反射し、一瞬だけ虹色に輝いた。
ダメだ……ダメだ!やめろ
手を伸ばす前に、彼女は呆気なく砕け散った。
「ッ!」
叫び声と同時に、世界が崩れた。
息ができない。激しく脈打つ心音を感じて、夢が覚めたことを知る。
ゆっくり瞬きすると、薄暗い現実が姿を現した。部屋の隅には小さなランプが灯り、室内を優しく琥珀色に照らす。
頬に触れる人形は柔らかくて心地よく、ブリッツの香りがした。
小さく息をつくと、少しだけ身体が軽くなった。夢を見ていたはずなのに、思い出そうとするとぼんやりとして曖昧になる。しかし感覚だけは残っているのか、カタカタと歯が鳴った。私は息を止め、暗闇を見つめる。
さっき……私はなんの夢をみていたんだろう。
頬を伝う涙の冷たさ。
思い浮かぶのは、愛しい娘の小さな背中。
ふと手に違和感を感じた。
心は凍てつくような寒さに包まれるのに、身体は酷く温かい。横には小さく丸まったブリッツが、私の手を握って寝息を立てている。絡めた指の温もりが、強ばった心をじんわりと溶かしていく。
胸を焦がす愛おしさが溢れた。
でも私は感情の出し方を忘れたみたいに何も出来ないでいる。
それでも握られた手の温もりが、孤独ではないことを教えてくれた。ブリッツの大きな手が私の心まで優しく包み、息をすることを許す。
私はそっと深呼吸して、目を閉じる。
今日はもう夢を見ない気がした。