成功だけど失敗 夜遅くに帰ってきてすぐに、ソファに倒れて眠ってしまった。今日の仕事は激しかったらしく、おれに「おかえり」と「おはよう」をどうにか言うだけの体力しか残っていなかったようだ。それじゃどっちも逆じゃないかと吹き出しそうになったが、近所迷惑なので思いとどまる。なにしろ真夜中だ。
ソファの上、慌てて受け止めようとしたおれの上で、キミがスヤスヤと安らかな寝息を立てている。弱く灯したリビングの明かりの中でキミの可愛い寝顔を見て、規則正しい寝息を聞いて、他になんにもない。いい夜だ。おれもこのままここで寝てしまおうかなんて思わなくもない……けど、キミに押しつぶされてるおれはともかく、仕事終わりの汗のたっぷり染み込んだ作業着のままのキミが風邪をひきかねないから。
それにちょっと興奮してきて、目が冴えてきた。なにしろキミの汗の匂いを間近で感じているわけだし、意識を失って全体重をおれに遠慮なく預けているというシチュエーションが、そそる。預けるというか……やっぱり、キミに思いっきり押しつぶされて身動き取れないって状況が。
ま、実際のところ全く動けないってわけじゃない。おれだって体力勝負の採掘師を長年やってきているわけだし。キミを起こさずにベッドの上に運ぶくらいは。……できるかな?
重たい鉱石ならいくらでも背負って山を登ったり降りたりもしているものだけど、今おれの上にあるのはそんなものとは比べ物にならない貴重なお宝だ。そっと抱き上げて、そっと運んで……と、ううん、デッカいな! たまにキミがしてくれるみたいに、お姫様抱っこをしてみたり、なんて夢を見たりもしたんだが。
キミより重い鉱石を運ぶことなら簡単なのに、キミはとにかくデカい! キミの下敷きになったまま、脇に手を入れて持ち上げようとしているんだが、この方法が良くないのだろうか。考えるまでもないか……。
いやしかし、鉱石を持ち上げるときみたいに、重心を探してあちこち弄って、ってのは気が引ける。キミを起こしてしまう。それにセクハラだし。寝ているキミが手出しできないのをいいことに好き勝手するというのには、まだ少し理性が働いた。ベッドに運びたいだけ、だ。
それならおれだけでもソファから降りて持ち上げる方法を探したほうがいいとは薄々感づいている。目標はお姫様抱っこなのだから、その方がどう考えても近道だ。しかしこうしてキミと密着しているシチュエーションも捨てがたい。二兎追う者は一兎も得ずってわけか。モタモタしてるとこのままここで眠ってしまうことになりそうだ。おれは良いけどキミが良くない。
さあどうしよう。もう一回、チャレンジしてみるか。キミの脇の下に腕を入れて、背中に……背中を弄って、持ち上げる取っ掛かりを探す。……こうしてると、タンクトップの下のキミの呼吸や脈を感じる。呼吸のたびに背中の筋肉も動いてるのがわかる。
これってもうセクハラだな。少なくともおれはその気がある。
こんな、おれしか起きてないような深夜だってのに。
「んっ」
気を取り直してキミを持ち上げようと力を込めて、意図せず声が鼻から抜けた。そんなに大きな声じゃなかったハズだ。でも夜が静かで妙に響く。キミの耳元で。
「んおっ?」
「あっ」
――そりゃあ、そうだ。自然の成り行きだ。キミがパッと目を開いた。いびきの延長みたいな眠たい柔らかな唸り声を出した。
キミはパチパチと目を瞬かせて、おれの顔を覗き込む。で、それで。
「ぅ、わっ、ッあ、あっはっはっはっはっは!」
身体のあちこちを、弄られた! 急に、乱暴に、寝ぼけているからか? でも真剣に、無言で。まるで鉱石の重心を探してるみたいな手付きで、遠慮なしに。
「っはぁ、で、デグダス?」
「……風邪をひいてしまう!」
「え」
そして間髪入れずにソファから一気に持ち上げられた。
おれが驚いている間に、キミはリビングを出て階段を駆け上がる。これは完全に鉱石を運ぶときの持ち上げ方だ。こんな抱かれ方、されたことがない。自宅なのに、廊下も階段も見たことのない景色となって通り過ぎる。
そうしてそのまま寝室へ、ベッドの中へ放り込まれた。岩のようにガッチリと抱き上げられたまま。そしてキミも同時にベッドの中に。
すぐにおれの上に覆いかぶさってるキミから、再び安らかな寝息が聞こえ始める。不思議なことに、寝息は階段を登っている頃から聞こえていた気もするが。
身動きが、取れない。ソファの上とほとんど状況は変わっていない。なのに目的は果たしてしまった。今日はおれがキミを抱っこしたかったのに!