いい子にしてたから サンタクロース役はあっという間に片付いてしまった。ロッタナもロックもベッドに入っていい子にしていたから――彼らの寝室に入った瞬間に、「あれっ?」という小さな囁き声が聞こえたけれど。
きっとあれはロックの声だったんじゃないかな。ロッタナの方は勘がいいから、例年と違うサンタ役に驚く前に、事情を察してくれたのだろう。まあともかくそんなイベントは起こったものの、その後すぐに二人ともちゃんとベッドの中でぐっすり眠っているかのような様子で、おれが枕元の靴下にプレゼントを入れるのを黙って待っていてくれた。
あっという間だ。でも案外、緊張するもんだってのがわかった。喜んでくれるだろうか? ――おれが選んだプレゼントじゃない。デグダスが選んだんだから間違いない。だけどサンタ役がおれで良かったのかどうか。おれなんかでちゃんと務まっただろうか。本物のサンタクロースじゃない――本物がいないことは幼い子供でも知っているとしても、こういうのは家族でやるイベントなんだろうし。
二人が起きてるとわかってても、思わず息を殺してプレゼントを置いてきた。夜の暗さも緊張に拍車をかける。とはいえ時間としてはあっという間だ。おそらく十分も過ぎてない。慣れない気分で自分たちの寝室に戻った。
「ただいま。……あれ?」
変に静かだ。いや、デグダスだって一人で賑やかにしてるってことはそうそうないが。こんな夜中だし。でもきっと、おれが部屋に戻ったら賑やかに迎えてくれるんじゃないかな……なんて期待してたところはかなりある。なのになんの反応もない。
正確に言えば、なんの反応もしないように我慢しているようだ。ベッドの中で狸寝入り。さっきのいい子たちと同じように。
もっと正確に描写するなら、ベッドの中じゃなくてベッドの上だ。冬の夜にブランケットもかぶらずに、サンタの服を脱がされたままの裸で寝てる。うつ伏せで、……多分、キミは自分自身目や口を開くのを我慢するためにそうしてる。
そして、枕元には少し膨らんだ赤い靴下。
「デグダス」
「……ん? はっ? すっかり眠ってしまっていた!」
「ふっ、ふふ、そうみたいだな」
「あ! なんだろうこの手袋は? さっきまではなかったぞ。いつの間に? いったいどこのいい子宛だろう? グランツさんかな?」
と、さっきまで寝ていたとは思えないようなハキハキとした口調で、いくつかのうっかりをまくし立てた。夜中だし、騒がしくしちゃいけないと少しは思ったものの、これは……我慢ができない!
「ふ、……あはっ、はっはっは! それは靴下だな!」
「……ぬぬぬ? しまった! 頭の中で練習しすぎて間違えた!」
「あっはっはっはっは!」
ひとしきり笑って、キミの隣に座る。笑いすぎて胸が苦しい。それに、それだけじゃない嬉しさで胸がいっぱいに詰まる。なかなか息が落ち着かない。
そんなおれの隣に、キミもベッドから起き上がって腰掛けた。枕元の靴下を手に取って恥ずかしそうに頭を掻く。
「ふう。……もしかして、バレているのか?」
「ああ」
「そうかぁ」
キミにしてはやっぱり珍しい、少しの沈黙。隣に座るおれの顔を覗き込んで、おれが外して手に握っていたサンタのヒゲをちょいちょいといじって……。本物のヒゲじゃなくて、綿でできたそれの感触が面白かったのか、少しの間そうしていた。
だけどそのうち、その白い綿ごとおれの手をぎゅっと握った。そしてそこに、プレゼント入りの赤い靴下を渡される。
「どうやって渡そうか少し考えたんだ。せっかくクリスマスだし、おまえはいい子だから」
「キミがくれるならなんだって嬉しい」
「そう言うとは思ったが」
珍しく不満そうなハの字型の眉。寄りかかったら肌は少し冷たい。おれを待っていた時間の分だ。なんだかキュンとくる。
「あっ。中身はそんなにあんまりすごいものじゃないぞ。おれがおまえに似合いそうだなぁ、だとか、身につけて居て欲しいというようなサムシングの独断と偏見だ」
「わかった。一生肌身離さず身につける」
「中身を見てから言ってくれ。おれがウミウシとか入れていたらどうするんだ」
「ははっ、クリスマスにウミウシなんてすごい発想だな! でもこの靴下に入るサイズなんだからウミウシじゃなさそうだ。アクセサリーか?」
「むむ」
もらった靴下の上から触って、中身を確かめる。小さな箱に入っている。その中まではわからないが、キミが言うには身につけられる何かだそうだ。
「中身はちょっとそこに置いておいてだな。中身の感想はまた後日、こっそり教えていいただけたら幸いではありますが。それはともかく。グランツ、おまえは自分がクロースさんにプレゼントを貰えるとは思っていなかっただろう」
「ん。まあ、それは……そういう年頃じゃないしな」
「でもおまえはいい子だぞ。グランツはとってもいい子なので、クロースさんがプレゼントを持ってきてしまうんだ! ホラ、そうだろう?」
キミがずいっと身を乗り出して、寄り添ってたのがもっと近づく。おれが握ってた靴下を、キミもおれの手の上から握って顔の前に掲げた。キミの手のひらは、熱くて力強くてクラクラする。
「グランツはいい子なので来年も再来年もずっとクリスマスプレゼントがもらえます! おれが決めました!」
と、強く言い切って、への字に結んでいた口をふっと解いた。ムフフ、と小さくこぼれる笑い声。
その笑い方が好きだ。それに何度もいい子だなんて言われると、照れくさいし、そんな気になってしまうし、困ってしまうな。
「これが記念すべき一つ目だ。来年はもっとすごいぞ。来年のグランツはさらにいい子ポイントが溜まっているからな!」
「あはは。じゃあ、来年からもおれがサンタクロース役をやらないといけないな。キミに合うサンタの服は、きっとなかなか売ってないだろうし」
「そういうことだ。……え!? なんだって!? 来年? ……来年、から? も? えー、ということは、おれは毎朝味噌汁を作ららせていただきまして」
「あっはははは! なんで味噌汁の話になるんだ? 今だっていつも……あ」
かなり、ひとしきり笑ってから自分の言ったことの意味に気づいた。さっき自分でも考えたじゃないか、これは家族のイベントだって。つまり、来年からもって。
賑やかに喋ってたのに、急にベッドの上でお互いに見つめ合ってモジモジして、なんだか時間が止まったみたいみたいだ。沈黙――やっぱりキミにしては珍しく、おれにとっても珍しい。もうすっかり深夜だから、こうしてると二人のほかに何もないかのような静けさだ。
そしてキミはニコニコと笑っている。おれも多分、だらしないぐらい笑っている。そんな気がする。
どうしようか。おれも実は、キミと同じ手でキミにプレゼントをあげようと思っていたんだ。キミが眠るのを待って、枕元にプレゼントを置こうと思って。寝相によってはキミと同じうっかりを起こしてしまうような作戦で。
だけどこれじゃ、なかなかお互い眠れそうにもない。