殻のベッド メンテナンスルームに散らばったガラス片が、気流に煽られた機体の振動に合わせて床の上を跳ね回った。開きっぱなしのドアから差し込む廊下の照明を受けた破片だけが白く照り返す。室内の電気系統は切れているらしい。
「怪我はないか?」
「そこのベッドから逃げ出したヤツ以外には」
物陰から顔を出したメンテナンス担当の技術士が肩を竦めた。なんでも、メンテナンスポッドで目覚めたヤツは突然暴れ出すと、技術士の静止も聞かずにどこかへ逃げていったそうだ。
ビーカー型のポッドはレプリロイドの拘束具としてもそれなりに機能する――と、常識的に認識していたが、あいつに対してはそうでもなかったらしい。そこら中に散らばっているのは、内側から破壊されたポッドのガラス片だ。
「この短時間でボディの修復が完了してたってことはねぇよな」
「私の方に残っている最終データですと、修復は全体の六十パーセントほどしか終わっていないようでした」
「それでも早いな」
「あれは一体何者なんですか? 妙に頑丈な自殺志願者のレプリロイド?」
今度はオレの方が肩を竦めた。答えられる材料を持っていない。
しかし自殺志願者ってのは、中々の皮肉だ。確かに、あれだけの損傷を負っておきながらまだどうにか逃げようとするなんて、正気の沙汰じゃない。
ところが、このメンテナンスポッドで検査した限りは、あいつの頭にエラーは見当たらなかった。つまりあいつは正気だ。
「あっ、どこに行くんですか!? まさか、回収に?」
「まだこのベースのどっかに居るだろうからな」
「もうどこかのハッチから外に飛び出して遥か彼方の地表でぺしゃんこになってるかもしれませんよ」
「そりゃ考えられないな。見つけたときのあいつの目は、自殺なんか考えてもなさそうだったからよ」
「はぁ……」
そしてまた技術士は肩を竦めて、破壊されたメンテナンスポッドの修復に取り掛かった。
「なんでもかんでも拾ってくるのは、どうかと思いますよ。あなたに命を拾われた私達のようなものが言うのも、説得力に欠けますがね」
小言の返事は、背を向けたまま片手を振って済ませることにした。そのままメンテナンスルームを後にする。
さて、このさほど広くもないエアベースのどこかに、あの小動物のようなレプリロイドが隠れているはずだ。これ以上被害が出る前に捕まえねえと。片目に負った修復不可能の損傷と、そのときに見たあの目を思い出し、武器を握った。あいつが半壊だからって嘗めてかかると、またやられちまいそうだ。