寝坊する日 今日はすごく良い天気で、朝から外も賑やかだ。日曜の早朝マーケット目当ての人々が、家の前の街道を賑わしている。そうなると心なしか動物たちの元気もいい気がする。屋根の上の小鳥の鳴き声とか、近所のパン屋の犬が走り回る音だとか。
何よりこんな天気の良い日は、キミが朝早くから庭で体操をしている声が聞こえるはずなんだけど。身体を動かしながらかけ声を上げたり鼻歌を歌ったり。嵐でも来ない限り、キミは毎朝庭で体操をしているが、天気の良い休日はなおさら楽しそうな声が聞こえてくるものなんだ。
ところがそれが、今日は聞こえない。ちょっと不思議な気分になる。
だけど理由はなんてことはない、今朝のキミは寝坊をしているそうだ。
寝坊のキミの代わりに、というわけでもなくいつもの順番通りに、今日の朝食の当番はおれだ。どっちかというと食う方が専門のおれとしては、なかなかキミほどの立派な料理は作れない。鍋で簡単なスープを作りながら、その間に昨日買ってきたパンを焼く。あとはコーヒーを二人分だ。ロックとロッタナはコーヒーが飲めないから、リンゴジュースも買い置きしてある。
我ながら無難な朝食が出来上がった。大きな背中でうっかりしながら台所をドタバタと右往左往するキミが作る食事の方が、ずっと温かみがあって量も品数も多いしうまいってのに、なんだか申し訳ないような気もする。せっかくの休日にこれじゃな。
もちろんキミの睡眠のために精一杯作ったつもりだけど……。良い天気の気分のいい朝に、少しだけ頭を抱える。もっと何か作ろうか?
冷蔵庫の中身でおれが今から作れるもの、なかなか思いつかない。じゃあマーケットにでも買いに行こうか、ってワケにはいかない。すぐにキミもキミの弟たちも起きる時間だし。こうなったら昼食を豪華にするしかないか。……と、色々考えながらスープの鍋を眺めている間に、本当にもうキミを起こす時間だ!
早起きのキミをおれが起こすのは滅多にないことだから、考え過ぎて遅れてしまうところだった。
鍋の火をしっかり落として、まずは最初にキミを起こしに寝室に向かう。こういうのは年長者が先だ。育ち盛りは少しでも沢山寝たほうがいい。それに時間がかかりそうな順番に。いつも目覚めのいいキミが起きるのに、時間がかかりそうだと予測しているワケではないが。キミが起きるのはすぐだろう。
と、予測しながら静かな寝室のドアを開いた。カーテンが開いて、眩しい、にぎやかな朝の日差しがベッドの上に降り注いでいる。丸く盛り上がったブランケットの中にキミがすっぽり収まって、ベッドの上の大きな山脈みたいになって……足の先だけはみ出している。キミが頭から全部隠れられるサイズのブランケットは、どんな店にも売っていなかった。
しかし今朝起きたとき、おれはよっぽど寝ぼけていたのか。まだキミが眠っているのに、部屋を出る前にカーテンを開けっ放しにしてしまったとは。こんなに丸くなっちゃうなんて、よっぽど眩しかったのか。申し訳ないことをした。今から起きてもらうのに、もうどうしようもないことではあるが。
結局眩しい思いをしてもらうしかない。そっとブランケットの端をめくった。
「デグダス」
名前を呼ぶのと、ぷっと吹き出してしまいそうになったのを堪えたのがほぼ同時。声が抜けてささやくような響きになってしまった。目覚ましには不足だったな。だけどキミのまぶたと赤いお鼻がぴくんと動いた。
反応はそれだけ。寝息やいびきもほとんどなくて、とても静かだ。
「デグダス。フフッ……起きる時間だぜ」
「む。うーん、ううーん」
あんまり、吹き出すのは我慢できてなかったかな。さっきまでの静かさから急に一転して、元気な唸り声での返事。寝言だと思えばいいのかな? うっすら開いた瞼の隙間できょろきょろするキミの黒い瞳と目があった気がする。でもすぐに逸らされた。
それじゃ仕方がない。
「な、デグダス」
「ンム。むむ……ぐー、ぐー」
薄目のキミを覗き込むように、おれもベッドに入ってキミの上に横たわる。鼻先が触れるぐらい顔を近づけたら、流石に逸らせないだろう。と思いきや、キミはきゅっと目をつむってしまった。
その代わり、ふんすふんすと激しくなった鼻息がおれの顔に当たる。寝息のような静かなリズムとは違う。くすぐったくて、ついにこらえきれずに吹き出すと、キミもくすぐったそうにぷるっと震えた。まだ目は開けてくれないけど。
「デグダス、昼は何が食べたい?」
「えっ昼!? もう?」
びっくりして大きな声を出した。でもすぐに気を取り直したのか、目は開けない。おれを乗せたまま飛び起きそうになった身体も、再びそっとベッドの中に沈む。
「朝は大したものは作れなかったからさ、昼になにかうまいものでも食いに行きたくって」
「ううん、昼? 朝? いや、おれは今日のおまえの朝ごはんが楽しみで」
「それで早起きして待っててくれたのか?」
「いいえ! おれはこんなにもみごとに寝ています。ぐうぐう」
「ふっ、ふふふ、あはははっ」
「ぐ、ぐう」
ぐうぐう言っている鼻がかわいくて、思わずきゅっとつまんだ。それでもまだぐうと言って、それからそーっとゆっくり、再び薄目が開いた。
寝ているフリは、最初からかな?
「……今朝のおれはお寝坊なので、その程度では起きないぞ」
「ああ。ははっ、じゃあ、どうやって起こしたらいいかな?」
「ええと、それはもういつもの感じで。いつものおまえが言っているやつ……お、おはようのチュウが、いい」
「キミのためならいくらでも。眠りの森のお姫様だな」
「むむむ」
むっと口を尖らせ、目ももう一度固く閉じた。キス待ち……って顔でもないな。そんなにぎゅっと口を閉じていたら、触れるだけしかできそうにない。もちろんそれもキスだけど。
「デグダス、口を開いてくれないか」
もう、ほとんど触れてるような距離。だけど触れて終わりじゃ満足できそうにない。
囁いてねだると、キミはうーんと深く唸る。そしてゆっくり唇は開いたが。
「あのな、グランツ。今日はだな」
「うん」
「おまえに起こしてもらうのが楽しみで、早く起きてしまったんだ。決しておまえを騙そうと思ってたぬきうどんをしていたわけではないんだ。それに朝ごはんも楽しみだった。あと、あとはおまえがどんなふうに起こしてくれるのか見たくて、ということでこっそりたぬきをしていただけなんだ」
「あっはっはっはっは」
「ああ楽しみすぎて緊張する!」
吠えるぐらいの大きな声でキミが叫ぶと、胸の上に乗っかってるおれにもその低い声の振動がビリビリ来る。くすぐったいようなこそばゆいような、それからドキドキするような、全部ひっくるめて嬉しくてたまらない。
キミはまた目も口もぎゅっと固く閉じてしまったけど。そんなところもたまらない。さあ、どうしよう。