要練習□1
視線がウゼぇ。チビのその顔。言いたいことがあるならさっさと言え。黙ってンのが一番ムカつく。気が散る。
ウゼェ視線を感じながらこのめんどくせースマホってやつをどうにかすんのも飽きて、床に放り投げた。らーめん屋も返事しねーし。
「オマエさ」
「ンだよ」
「他に言う事あるだろ」
「ハァ?」
「円城寺さんに、あの暗号みたいなのだけじゃなくて」
「アンゴウ……?」
「さっきの返信、何言ってんのか俺には理解出来ねーんだけど」
「ハ? 勝手に見てんじゃねー!」
床に転がってたスマホを慌てて自分の方に弾き飛ばした。チビはコレには触ってねぇ。ちゃぶ台に寄っかかって、自分のをいじってただけのはずだ。
「オマエがメッセージ送ってたの三人のルームだぞ。こっちには筒抜けなんだよ」
「ハア? メッセージとかルームとか意味わかんねー」
「さすがにソレぐらいはわかるだろ……。まあ、プロデューサーが入ってる部屋じゃなくて良かったな。仮にそうだとしたら、円城寺さんはあんなこと言わないか」
「部屋って何だ? なんで下僕の名前が出てくんだァ? 言いたいことがあるならはっきり言いやがれ!」
チビがわざとらしくため息をついた。チビのくせに。で、ウゼぇ視線でまたオレ様を睨んでから、口を開く。
「オマエ、円城寺さんに好きって言ったことあるのか?」
「ハ? ハァアアァ!? 何言ってんだチビ!」
「ないよな。俺の聞いてる限り……さっきも」
「なんでチビがンなこと気にすんだよ!?」
「断言してやるが、一度も言ったことないんだろ」
「オレ様の質問に答えやがれ!」
「『言いたいことがあるならはっきり言え』ってオマエが言ったから言いたいことを言っている」
チビのくせにムカつく顔しやがって! チビがムカつく顔してねートキなんかねーけど! とにかく今はその上から見下してるような目が気に食わねェ。チビのくせに! どうやったらオレ様より上だとカン違いできるんだ?
「言えないのか? ……度胸がないのか」
「!? さッ……撮影でなら、あるし」
「円城寺さん相手じゃないだろ。本番じゃ無理なんだな。……俺は言える。つまり……俺の勝ち、だ」
「ざけんなチビ! 最強大天才のオレ様がそんぐれーのこと言えねーわけねェだろうが! 黙って聞いてやがれ、オレ様の最強のコッ、告白……」
あ、頭が熱い。喉も熱い。全身、変な汗が吹き出してきた。チビが変なこと言うからだ。よく考えたら意味わかんねぇ、つーかよく考えられねェ。なんでそんなことしなきゃなんねーんだ!?
チビがまだウルセーこと言うかと思ったら、黙ってやがる。黙って聞いてるつもりか、クソッ!
だが言えなかったらオレ様の負け……ってことに、なんのか? それだけはあり得ねぇ。
「よく聞け、オレ様がらーめん屋のコト、すッッ……――」
息ってどうやって吐くんだ。吐く前に吸うのか? なんでこんなに苦しいんだ。
「――……って言う練習に付き合わせてやるぜ! ありがたく思え、チビ!」
酸欠だ。目の前がチカチカする。
言えねェ。今は、だ。酸欠のせいだ。
「練習が必要だという自覚があるようで安心した」
「うるせェ、チビは責任取って練習台になりやがれ」
「最終的にはちゃんと本人の前で言えよ」
チビのくせに楽しそうな顔しやがって、わけわかんねぇし気に入らねえ。
言えればオレ様の勝ちなんだ、笑ってられんのも今のうちだ! ぜってー負けねェ。こんなの練習すりゃ、すぐだ。
まずはイメージしろ。オレ様はらーめん屋のコトが、す、すっ、す……ッ……。
□2
コイツ、返信する気はあるのか?
円城寺さんからのメッセージがトークルームに送られてから、既に結構な時間が経過している。別にコイツのスマホを覗き込んだわけじゃないが、恐らくルームを開きっぱなしにして睨み続けている。メッセージは送信された瞬間に既読が付いただろう。そんで円城寺さんはその即座に付いた「既読2」の表示を多分見ている。そういうの気にする人だ。
で、コイツは返事をする気配がない。まだ画面を睨んでいる。
俺も既読付けたし反応しようかと一瞬は考えたが、コレどう考えてもアイツ宛てだから俺が返信するのは違う気がする。アイツがどう返すのか気になるし。
こういうの既読無視っつーんだぞ。既読無視、絶対アイツには理解できないな。
アイツはしばらくそうして画面をにらみ続けていたが、ようやく観念したように情けねー顔しながら人差し指で画面をグルグルと触り始めた。情けねー顔――すげぇ困って、ムカついてるみたいな顔。
「オマエいつも音声入力使ってなかったっけ?」
「ハァ?」
音声入力の意味も伝わってねーか、これ。コイツ近くに円城寺さんかプロデューサーがいないとスマホなんてほとんど操作できねーしな。
その割には今日は多少頑張ってるみたいで、トークルームに何らかの文字を送信しようとしている。……多分。
俺の手元のスマホにもコイツの入力中の表示がグルグルと回転している。そして、めちゃくちゃ時間がかかっている。
別に邪魔するつもりはない。ただ何を送るのか気になるから見てる。
しばらくして、俺のスマホから小さな通知音が鳴った。アイツはちゃんと送信できたようだ。
が――なんだこれ。ひらがなと記号の羅列。読めねぇ。コイツはどうだか知らないが、俺はひらがなは読めるはずだ。だが意味不明すぎて読むのを脳が拒否する。いつもはもう少し、一応は日本語らしいものを送ってくる気がする。
もう一度通知。やっぱ読めねぇ。アイツを見ると、かなりの重労働をこなしたかのように額の汗を拭っいつつ満足そうに頷いているところだった。
俺の視線に気付いた。アイツは即座に不機嫌になって舌打ちし、スマホを床に放り投げた。
「オマエさ」
「ンだよ」
「他に言う事あるだろ」
「ハァ?」
その舌打ち、喧嘩を売られたのかと思ってフライング気味に買っちまったが。
「円城寺さんに、あの暗号みたいなのだけじゃなくて」
「アンゴウ……?」
「さっきの返信、何言ってんのか俺には理解出来ねーんだけど」
「ハ? 勝手に見てんじゃねー!」
これ、円城寺さんは解読できるんだろうか。できるんだろうな。LINKのメッセージに限ったことじゃないけど、円城寺さんは普段からコイツとごく当たり前のようにコミュニケーションを取っている。かなり、尊敬する。
コイツは大慌てで床に落ちたスマホを足で自分の方に引き寄せていた。行儀が悪すぎる。別に見ねぇし。……円城寺さんの既読が付いたのかどうかは少しだけ気になるが、覗き見するほどじゃない。
「オマエがメッセージ送ってたの三人のルームだぞ。こっちには筒抜けだ」
「メッセージとかルームとか意味わかんねー」
「さすがにソレぐらいはわかるだろ……。まあ、プロデューサーが入ってる部屋じゃなくて良かったな。仮にそうだとしたら、円城寺さんはあんなこと言わないか」
「部屋って何だ? なんで下僕の名前が出てくんだァ? 言いたいことがあるならはっきり言いやがれ!」
俺がメッセージを見ていたことがそんなに不都合なのか、コイツはわかりやすく取り乱してうるせー声でまくし立てた。
この暗号、何なんだ? 円城寺さんのメッセージへの返信だとすると、内容は普通に考えれば一言で済む。コイツ、割と素直だし。
なのになんでわざわざ変な暗号を何回も送ったんだ。それこそいつもの音声入力なら一言――。
もしかして俺に聞かれたくなかった、ってことか? それか、俺の前じゃ言えない、か。
あ、と声が出そうになったが堪えた。続けて吹き出しそうになったのを、ため息で誤魔化した。こっちを睨んでくる。そんなことより俺は笑うのをこらえるのに必死だ。
「オマエ、円城寺さんに好きって言ったことあるのか?」
「ハ? ハァアアァ!? 何言ってんだチビ!」
図星だ。瞬時に耳まで赤くしたコイツの叫び声は獣の唸り声みたいなもんだった。かわいくねーし、かわいげもねーけど、ちょっと……なんていうか……。
だってコレ、円城寺さんもそういうつもりで言ってねーし、オマエも円城寺さんのことを『そう』だって答えるわけじゃないだろ。言葉としては『そう』だけど。それでも、言えないのか。
「ないよな。俺の聞いてる限り……さっきも」
音声入力じゃ無理だったってことだ。意味不明の暗号もコイツなりにその言葉を使わずに伝えようと努力した結果だろう、多分。
「なんでチビがンなこと気にすんだよ!?」
オマエの小学生みたいな反応が面白いからだ。
……いや、違うな。面白い、ってのは少し違う。言えねぇの、コイツらしいし。ここまで騒ぐんならもう言ってんのと同じだと思うんだが。そういうところ、円城寺さんも悪くねぇと思ってるんだろう。かわい……くはないけど。
だがもっとちゃんと言えばいいのに、とも思う。
「断言してやるが、一度も言ったことないんだろ」
「オレ様の質問に答えやがれ!」
「『言いたいことがあるならはっきり言え』ってオマエが言ったから言いたいことを言っている」
言い返せなくなったコイツはあんぐりと開いた口を魚みてーにパクパクさせた。
「言えないのか? ……度胸がないのか」
「!? さッ……撮影でなら、あるし」
喋ってるうちにどんどん赤くなる。あの撮影のときも、たしかに大変だった。でも演技じゃねぇ、本気で言うってのはその比じゃない。コイツにとっては特に……だからこそだ。
コイツがそれを言うのを聞きたい。
「円城寺さん相手じゃないだろ。本番じゃ無理なんだな。……俺は言える。つまり……俺の勝ち、だ」
「ざけんなチビ! 最強大天才のオレ様がそんぐれーのこと言えねーわけねェだろうが! 黙って聞いてやがれ、オレ様の最強のコッ、告白……」
煽れば簡単に乗せられそうだ、と思ったら案の定だ。告白って、もう付き合ってんだからそうとは言わねーだろ。やっぱ言えねーんだな。目が泳いでいる。かと思えば色んな感情を飲み込むように目と口をぎゅっと閉じる。
コイツの頭ん中でごちゃごちゃに回ってる感情は、どんな感触なんだ。コイツが口にできないままじゃ、俺には正確なところはわからない。だが傍から見てる分にはかなりあからさまでわかりやすい。で、それを見ているのは悪くない気分だ。
「よく聞け、オレ様がらーめん屋のコト、すッッ……――」
早く言え。
面白がってそう思ってんのとは違うんだ。好奇心とか、そういうのは違う。自分でもどう言えばいいのかわかんねぇ。これはただの、コイツに対する欲望だ。そういう意味じゃコイツとそう変わらないかもしれない。
「――……って言う練習に付き合わせてやるぜ! ありがたく思え、チビ!」
でもコイツにはバレてなさそうだし、伝えなくったって別にいいだろ。
コイツはかなり遠回りの結論を出すので精一杯らしいから。
「練習が必要だという自覚があるようで安心した」
「うるせェ、チビは責任取って練習台になりやがれ」
「最終的にはちゃんと本人の前で言えよ」
これだと円城寺さんより先に俺が聞くことになるよな。それって……まあいいか。少し楽しい。円城寺さんには悪いけど。気にしねぇかな。
「オレ様は、らーめん屋のコトが、……ッす、すっ……」
声が小さすぎて聞き取れない。いつもあんだけうるさいコイツが。す、から先、あと一文字、言えてんだか言えてないんだか。練習するって言った割には、独り言みたいだ……もしかして、声出してる自覚ねーんじゃねーか。この調子じゃしばらくかかりそうだ。
しかしこんだけ煽っといてなんだが、俺はコイツがそれ言ってるの何度も聞いたことがある。コイツの様子からしてそれこそ無自覚なんじゃねーかとカマかけたら、思ったとおりだった。寝て起きたらなんにも覚えてねーみたいな顔してるしな。
ああいうときのは、本心だろう。そうじゃねーときも、素直に言えばいいんだ。