日課のひとつ 円城寺さんは、そういうことが好きだ。俺にはちょっとわかんねーけど。嫌……じゃねぇ。でもドキドキして困る。
「遅ぇ。らーめん屋ァ!」
「すまんすまん」
広くはないアパートの廊下を円城寺さんが荷物を抱えてどたどたと走ってくる。
文句を言うコイツの気持ちもわからなくはない。円城寺さんのために、待ってるから。そんで文句を言いながらも待ってる気持ちも、変な感じだけどすげーわかる。
「さっさとしろ」
コイツが俺を押しのけながら円城寺さんに近づく。突っ立って待ってるだけでもこのアパートの玄関は狭いってのにいい迷惑だ。人の迷惑も考えず、コイツは円城寺さんの前で目をつむって顎をしゃくり催促する。無意識にだろうけど、少し背伸びをして額を差し出している。それを俺は横から斜め横から見てる。変な感じだ。
「ん」
「よしよし。漣、行ってらっしゃい」
円城寺さん、楽しそうだ。コイツの前髪を少しかき分けて、額にキスをする。結構強めにぎゅっと唇を押し当ててる。その感触……くすぐったい。
されてる間、コイツは緩みそうなのを我慢してる口元とわけわかんねえって混乱した眉間のシワで複雑な表情をしてた。これもすげー、わかる。
「らーめん屋も今から同じトコ行くんじゃねーか」
「そうだけど、やっぱり出かけるときの『行ってらっしゃい』っていいものじゃないか? な、タケル」
「……ああ」
呼ばれて次は俺の番かと覚悟する。コイツが横目でじっと見てる。わけわかんねぇ、の顔。円城寺さんが背中を丸める。俺は背伸びをする。その方が、円城寺さんがしやすいだろうから。
前髪、かき分けられるのくすぐったい。低い声で囁かれる『行ってらっしゃい』がくすぐったい。触れる前から熱い体温が伝わってくすぐったい。柔らかい唇、なかなか離れない。ドキドキする。
「よし! 今日も頑張ろうな!」
円城寺さんがこういうのが好きだっつーのは、よくわかってる。すげぇ嬉しそうだ。
で、そういう円城寺さん見てると、やっぱ好きだ……と思う。額にあったかいのとくすぐったいのが残ってて、ドキドキする。
「……行ってきます」
俺だって嫌いじゃねぇ……でも朝出かけるたびに、こんなんは困る。しかも今日はこれから同じ現場で仕事だっつーのに、こんなんじゃ頭切り替えんのに苦労する。
横目でまたアイツを見たら、同じように赤くなって前髪押さえてた。だよな。