薄暗い部屋の中で、意識が戻る
気だるい身体と、鼻腔をくすぐる甘いバニラのような香りに、今自分が何処にいるのかを思い出す
「ん…今、何時……?」
少しだけ喉が痛い
意識を落としてからそう時間が経っていなければいいと思い、自分の身体を抱いている人物に声をかけた
彼の意識はあるものと思って
「…………もうすぐ、11時」
少し間はあったが、返事が返ってきた
多分、彼はずっと起きていたはずだ
「やべ…もう帰んなきゃな…」
本来彼は寝起きがいい方ではないという
一度寝付くとなかなか起きられない、そう聞いていた
だから俺といる時は眠らない
起きられないからというのもあるのだろうが、彼の理由はそちらではないみたいだった
アンタといるのに眠ることなんてできない
そう言われても、俺が意識を手放している間暇じゃないのかと聞いてみたことがあったが、アンタの寝顔が見れると真顔で返され、あぁ…そうかよ…と恥ずかしくなってそれ以上返すことはしなかった
「…………」
じっと見つめてくる薄墨色の双眸
彼の綺麗な顔に、とても良く似合っていると思う
その瞳が、俺なんかを見つけていなければ、今頃はもっと綺麗なものを映していただろうに
「……そんな顔すんなよ」
お前の瞳に映っている俺は、そんな悲しい顔をして見ないといけないようなものに映っているのか
「……どんな顔してりぁいいんだよ」
眇められた瞳が、不機嫌そうに歪む
会いたくて会っているのに、彼はいつもこういう表情をする
笑っている顔など、一度も見たことがない
そういう俺も、ここ最近では彼の前で笑った記憶がない
会うたびに口数が減っていき、今は身体だけを重ねる関係になっている
そろそろ、潮時なのかもしれない
…それでも
「………笑ってたら、もう二度と会わねぇ」
久しぶりに笑って、そう返した
彼は綺麗な顔をさらに歪めて、俺の頭に腕を絡めてくる
「……一生できねぇから、それ」
知ってる
だから、別れたくなったら笑ってくれよ
最後くらい、お前の笑った顔を見てみたいから