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    tsucikure

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    シチカル字書き。

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    tsucikure

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    if魔フィア 闇医者×金庫番
    セフレから始まる関係

    #シチカル
    sitzcal

    if魔フィア 闇医者×金庫番 けぶるような細い雨が視界を遮る。
     手を伸ばせば触れられる距離なのに、君の表情も、声も、音のない霧雨に消されていく。
     かすかに動いた唇が何と言ったのか、僕にはわからなかった。



     ジャバジャバとうるさい水の音に目が覚める。
     しめきった窓越しでもわかるほどの雨音にズキリとこめかみが痛んだ。
     「ぅ、ぅんん……」
     頭が重い。胃の中に残る不快感と、異様な喉の渇き。うつ伏せに寝ていたせいで余計に症状がひどくなったみたい。
     酸素不足と許容量を超えたアセトアルデヒドのせいで不調を訴える体をどうにか転がすと、安物のパイプベッドはギシリと悲鳴を上げた。
     昨日、彼が訪ねてきた事は覚えている。
     寝返りを打った時に鼻を掠めた、僕のじゃない煙草の匂いも夢じゃなく現実だと証明している。
     いつもみたいに他愛のない会話をして、一緒に酒を飲んで、ベッドにもつれ込んで……。
     思い出そうとしたら、ぐわんぐわんと頭が締め付けられた。
     呻きながらなんとか体を起こして足を床に下ろすと、つま先に冷たいビンが当たった。
     散乱した酒瓶たちにやっちゃったと別の意味で頭を押さえて、後で片づけるからとビンを端に転がした。
     診断結果は二日酔い。
     彼が来るときは注意しないとひどい目にあうってわかってるのに。
     なんでこうも流されちゃうかな……。
     しょうもない思考を晴らすように、くあっ、と欠伸をする。
     引き攣った口元から、煙草の香りが肺に入り込んできた。
     まだかすかに残っている煙が、ついさっきまで彼がここに居たんだと教えてくれる。
     起こせばいいのに。
     起こしてくれたらコーヒーを一杯淹れることぐらいできる。
     忙しい彼のことだ。目覚めた時にこの部屋にいることの方が稀だけど。それに寝起きはすこぶる凶悪だし、彼自身も起き抜けに会話をするのをめんどくさがるから起きても無言で過ごすだけの時がおおいけれど。
     それでも、こんな雨の中出ていくこともないのにな。
     遮光カーテンのせいでほとんど夜のような暗がり部屋。
     電気をつけるのも億劫で、手探りで枕元に置いていた煙草を掴む。
     取り出した一本を咥えてライターに火をつければ、一瞬部屋の中が明るくなった。
    「…………また」
     視界に入ってきた、そっけない茶封筒。
     几帳面に封をした封筒には札束が入っている。
     手つかずで机の上に置かれたままのそれに、無意識にため息がでてしまう。
     所在なさげに取り残されたそれは彼への対価だ。
     なのに、また彼は持って行かなかった。
     何よりも金に価値を見出している彼の不可解な行動を、僕はまだ理解できないでいた。




     人は欲深い。
     金に飢え、愛に飢え、食に飢えている。
     際限なく膨らんでいく欲は癒されることを知らず、手に入れれば入れるほど、新たな飢えを生み出していく。
     そんな底の無い欲にまみれた人間たちが集まる街の片隅に、僕の仕事場はある。
     寂れた個人診療所。
     専門は外科と薬学。けど、頼まれればなんでも診る。と表向きは看板を出してはいるんだけど……まぁ、客足は芳しくない。
     貧民街の近くにあることもあってか、そもそも普通の人は近寄りたがらない。
     やれ悲鳴が聞こえるだの、排水溝から血が溢れているだの、受診したが最後実験体にされるだの。僕自身の見た目も相まってお化け屋敷もかくやという扱いだ。
    「まあ、本当のことだからな」
    「他人事だと思ってるでしょ」
    「当たり前だろ」
     喉の奥でクツクツと笑うカルエゴくんを恨みがましく睨んでみても、余計に笑うだけだ。
     一般のお客が寄り付かない一番の理由はこの仕事仲間のせい。
     バビルファミリー。
    この街を実質支配している巨大マフィア。
     態度の悪い男はナベリウス・カルエゴ。悪名高きバビルの中でも、ひときわ悪名高い金庫番だ。
     この細身の彼が街をあるけば皆が頭を下げてくるような高級幹部。
     裏の世界でも表の世界でも彼らの息がかかっていない場所などこの街にはほとんどない。
     ここは彼らの庭だから。
    「じゃあ、これ片づけてくるから」
     施術用の部屋に転がっている、断末魔を上げていたヒトだったモノ。
     他の組織から入り込んできたスパイらしいけど、泳がされて散々使われた挙句、命乞いの仕方を間違えたせいでここに運ばれてきた。
    「さっさとしてくれ、まだ仕事が残ってるんだ」
    「はいはい」
     横柄な態度にわざとらしくため息をついて、バケツとブラシを取りに行った。

     僕の仕事。
     構成員たちや、通常の医療機関では受付のできないような事情のお客を相手にすることが主な仕事だ。
     元々はどこにでもいる医学生だったが、道を踏み外してこの街に流れ着いた。禁忌という魔性にとりつかれていた僕を引き戻してくれたのはこの街の支配者であるドン・サリバンだ。
     ドンに医療技術を見込まれて、バビルお抱えの医者として働いている。
     そしてもうひとつは、組織に手を出した不届き物の後始末をすることだ。
     マフィアの拷問は苛烈だ。拷問専属チームがいるぐらい方法も多岐にわたるし、途中で命を落とすことだってザラにある。だけど、時々頑張ってしまう人もいるのだ。
     そういう人たちとオハナシするのが僕の役目。
     情報を聞き出し、懐柔できれば御の字。そうじゃなければ僕のストック行き。どちらにしても組織の利益になることだ。
     バビルを守る、裏の番人。
     そう契約をした。
     ドンは良くも悪くも怖い人だけど、僕の腕を買ってくれた唯一の人だ。気持ちのいい仕事ではないけど、あの人の、バビルのためなら苦ではなかった。
     まぁ、ほんとはこんな後始末より真っ当な仕事を持ってきてほしいけど。

     あらかたの血と肉片を片づけて一息つく。
     ふと、視界の端でカルエゴくんが僕のデスクを漁っているのが見えた。
     また勝手に僕のお菓子コーナーを漁ってるし。
     こんな血なまぐさいところでよく普通にしていられるよな、と思わなくもない。僕に言われたくはないかもしれないけど感性がどうかしてる。診察室と処置室は扉一つで隔てられているけど、まるで別世界みたいだ。それほど血の匂いは僕たちの日常に溶け込んでいる。それは事実だし、今更それをどうこう言うつもりもない。ただ、それに慣れてしまうのは生物として防衛本能が薄れているんじゃないの?
     もう一度ため息を吐いて、ゴム手袋を外して一緒に捨てると診察室へと戻った。
    「キミ、甘いものばっかり食べてると糖尿になるよ?」
    「経理は頭を使うんだよ。だから問題ない」
    「なに言ってんの。だいたい、コーヒー飲む時だってあんなに砂糖入れてるのも尋常じゃないよ? ほどほどにしないと。いまはまだ影響がなくても、年取ってきたときにしわ寄せ来るからね? いい仕事はバランスの取れた食事からって言うでしょ」
    「うるせぇな、お前は俺の母親か?」
    「母親じゃなくて、君の主治医です。それに……こんな仕事ばっかり持ってこないで、ちゃんとみんなの定期健診の手配してよね?」
    「チッ……わかってる」
     盛大な舌打ちと一緒に、心底めんどくさそうな声が返ってきた。
     絶対最近入ってきた赤毛の子のせいだろうなぁ。あの子めちゃくちゃ暴れるから。
     いつの間にか現れたドンの孫イルマくんと、そのボディーガードであるオペラくん。
     初めて二人に会った時は驚いたなぁ。
     イルマくんの事は昔から知っていた。あの子は貧民街の中でも異質な存在だから。
     法も秩序も、倫理観もないあの場所で、他者への施しを行える人なんて僕は知らない。親も兄弟もいない彼がどうしてあんなに真っすぐ他者を思いやれる思想に育ったのか。持ちえた資質こそあれ、人の性格は環境の影響受けるものだ。僕にとっては神秘に等しかった。そういった意味でも彼は僕の興味を引いて、時々様子を見に行っては薬や食料を差し入れていた。
     オペラくんの方は……色々な意味で規格外。
     年齢のせいかもしれないけど、骨格から性別の判断ができないほど華奢なのに、すこぶる力が強い。人体の限度を超えた身体能力の高さは非常に興味深い。
     まぁ、その気持ちが漏れていたのか診察のためと触ろうとしたら背負い投げされたけど。
     猫みたいに毛を逆立てて威嚇してくるのも元気がいい証拠だと思えば可愛いものだ。
     仲良くなりたいけど、僕の興味が掻き立てられて止まないせいでちょっと嫌われているかもしれないのが残念。
    「シートに防弾素材を使った。これで今年は車をダメにされることもない」
     僕のため息なんて聞こえていないのか、ふふん、とどことなく得意げに言うカルエゴくん。
    「オペラくんを連れてくるときいつもボロボロだけどそんなにひどいの?」
    「酷いなんてもんじゃない! あの野良猫、本当に手に負えん。ドンが絡んでくるとなぜああも面倒ごとしか起きんのだ……」
     ぶつぶつと文句を言いはじめたカルエゴくんをじっと見つめる。
     本当に彼は面白いひとだ。
     口では面倒だのなんだのと言ってもちゃんと管理してくれるし、仕事は完璧にこなしてくれる。最近じゃあイルマくんの教育係まで任されて……きっと根が生真面目なんだよね。現にしっかり僕のカレンダーとスケジュールを見比べているし。適当にやったっていいものを、彼は病的なまでに厳格に仕事をこなしていく。
     どうしてそこまでするんだろう。
    『金を得るためだ』
     ふと聞いたとき、彼はそう言った。

     命よりも金を愛している男。
     それがナベリウス・カルエゴという人間だ。
     あくまで医者でしかない僕に、組織の運営なんてわからない。だが、大きな集団を動かすということは同時に金も動くということだ。
     ヒトの流れ、カネの流れ、モノの流れ。それらの管理を一手に担っているのは彼だ。組織の実権がドンにあるのは言うまでもないが、カルエゴくんがいなければ組織としての運営に大きな支障が出る。金庫番にしてバビルの生命線。表の番人と言ってもいいほどの存在。
     普通であればその重圧はいかほどのものか、知る由もないが、彼にとっては煩わしいものであれど同時に最高の快感を与えてくれるものでもあった。
     彼の采配一つで億単位の金が動く。まるでとぐろを巻いた蛇のように動いていくそれを眺めるときの、得も言われぬ感覚。人も、金も、物も。そして時には自分の命さえも。ボードゲームを遊ぶように楽しんでいる。そして、最後にその太りきった蛇を飲み込むのは自分だと、夢を見るように言っていた。
     彼が信頼され重用されているのは、金という価値に対して誠実だからだ。
     金がなくとも生きていけるなんてのは、恵まれた人の戯言だ。腐っていない食事も、暖かな寝床も、自らの境遇を変えるための知識も、金があるから手に入る。
     彼は誰よりも深くそれを理解していた。

     行儀悪く僕の机に腰かけて長い脚を組んでいるカルエゴくんから、キャラメル入りのスティックチョコレートをそっと取り上げる。
     眼鏡の奥から放たれる強い視線を受け止めて笑いかけた。
    「ほどほどにって、言ってるよね?」
     酒や煙草をやめられない依存者への常套句と同じ言葉をかける。
     快感は抜け出せないドラッグみたいなものだ。砂糖から得られるセロトニンで凌ぐより、長く楽しみたいのならほどほどにして労わらないと。
    「そんなに言うなら」
     カルエゴくんは今にも噛みついてきそうな顔で睨んできたけど、ふと口元を歪めた。だらしなく伸びたシャツごと胸倉を掴んで引き寄せられる。
     凄みのある綺麗な顔がグイッと近づく。
     夕暮れに差す薄日のような紫の瞳をじっとみつめたまま、目を逸らしたりはしなかった。鼻の奥に残っていた血の匂いは、ふわりと香ってきた香水と煙草の匂いに掻き消される。
    「ケアをするのはアンタの仕事だろ、センセ?」
     赤く艷めく舌が薄い唇をなぞる。それだけで悪魔も誑かせそうな魅力があるのをわかってやってるんだ。
     己の欲望を叶えるためなら手段を択ばない。
     女を、男ですら魅了するその容姿を武器にしない理由はなかった。
    「きみねぇ……」
     露骨な色仕掛けに呆れながら、吸い寄せられるようにその唇に指を這わせる。
     いつも文句や憎まれ口ばかり叩く唇は、少しかさついているけれど温かかった。
     這わせた指を食もうと開いたすきまに。
    「んぅ」
     ハッカ味の飴を押し込む。
     びっくりしたような顔をするカルエゴくんに自然と目元が緩んでしまう。
     こういう顔をしてるときはすごく可愛い。いつも険しい顔か厭味ったらしく余裕のある顔しか見せないけど、不意打ちには案外弱いんだよね。
     少しだけクマの浮いた目元を指の背で撫でる。
     近づけば余計にわかる疲労の色。多忙を極める彼がこうして誘ってくるのは、セックスでストレス発散をするためだったり無理にでも眠りたいときだ。今回はどちらかと言えば後者だろう。激しくしろとせがんで、ぐちゃぐちゃになって、泥みたいに数十分眠ったら、何事もなかったかのようにいつもの彼に戻る。
     誘惑に乗ってしまうのは簡単だけど、彼の体をおもえばあまり勧められることじゃない。
     もうすぐ大きな仕事があるとドンからも聞かされている。しばらくは慌ただしくなるだろうから、休めるうちはきちんと休むことも大切だ。
    「仕事があるって急かしてきたのは君でしょ?」
     そういうことするのはやめなよ。そう言っても聞き入れられることはないとわかっている。だから目の届く限りは何度でも止める。
     心配している。なんて言っても聞いてくれないだろうから、かわりに小言を言って体を離した。
    「今日のリストと報告書はあとで持ってくから。カルエゴくんもさっさと終わらせてちゃんと休むこと」
     わかった? と言い聞かせるように言ったら盛大な舌打ちが返してきた。





     青年の体には、痛々しい傷跡がいくつもあった。
     骨の浮いた手足についた縄の跡。年の割に細い背中には鞭打ちの跡がくっきりと残っている。今日は更に殴られたのだろう、端正な顔は痛ましく腫れて切れた口の端から血が出ていた。
     こういうのが好きな変態もいるんだよ。
     蔑むように言いながら、手にした紙切れを握りしめる。にぎった指先が白く震えていた。年端もいかない彼ができることは限られていて、体を売る街娼まがいのことで日銭を稼ぐしかできなかった。文字通り身を切るようにしても手に入るのはたかだか数万ビル。
     馬鹿な奴だ。
     心底呆れたように言っていたのは彼を買っていった奴らへの言葉か、彼自身に向けたものか分からなかった。
     やめてくれ、とは言えなかった。
     あの時の僕にはそれを言う力が無かったから。
     痛ましい傷を労わるようにガーゼを当てることしかできなかった。
     彼を手に入れるための、力が欲しかった。

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