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    namidabara

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    5/31 進捗
    14日目/鶴月蜜月~終わり、鶴フィになる
    この話の鶴見さんは月島に振り回され気味になっちゃった。ごめんね…。
    この後5/21の二人のシーンに繋がります。

    尾月原稿 月島が鶴見に強請った事はたった一つ、自分の父親になることだった。父親に、なる。月島が求める父親は、世間一般で定義されているそれではなくて、月島の中で構築された定義の父親だった。すなわち、支配と暴力と痛みを求めたのだ。それが、月島にとっての父親だった。
    『父親になってくれるというのなら、アレと同じことを俺にしてください。俺を殴って、抱いて、項を噛んでください。塗り替えて。全部貴方で、塗り替えて』
     月島のそんな訴えに、鶴見は初めの頃こそ否の返事を与えていた。だが、何度か懇願して拒否された月島が、じゃあいいですと言って出て行き、名前も分からないような男と一夜を共にして朝帰りしてきた時、鶴見は腹を括って月島を抱いた。それが地獄のような蜜月の始まりだった。
     鶴見はとにかく大切に丁寧に抱いた。そこに性の色は欠片もなかった。ただ愛と憐れみをもってして、歪な月島の身体を抱いたのだ。
     鶴見が美術品を扱うかのように優しく己に触れる度、月島は酷くしてくれと泣いて懇願した。酷くして。鶴見さんの痛みで、アイツの烙印を消して下さい。痛みを貴方の痛みでかき消して、そんな願いに応えて、時折鶴見は手酷く抱いた。乱雑に扱って、殴り、首を絞め、孕む能力などもうない胎内に精を吐き出した。鶴見の手が、声が己を詰る度、一つ一つ獣の烙印が消されていくような感覚がして、月島はいつも打ち震えて喜んだ。
     そしてそれと同時に、月島を酷く扱うたびに鶴見の表情が曇ることも知っていた。この人は獣じゃない。暴力と征服で自尊心を満たしていたアレとは違うのだ。分かっていた、こんなことはただの子供騙しだと。いくら鶴見にあの獣の真似事をさせたところで、鶴見とアレは全く別の生き物だし、月島に刻まれた傷は消えることなどないのだということも。
     それでもよかった。この人が与えてくれるまやかしならば、痛む心への麻酔になりうるだろうから。月島は現実から目を背けながら、甘やかな蜜月に溺れていった。
     手酷く抱く癖に、刻み込まれた傷の一つ一つには丹念に愛撫するものだから、月島の身体に無数にあるそれらはどれもが性感帯になってしまった。特に下腹部の傷なんて、彼が掌で一撫でするだけで気をやってしまう程だ。
    それなのに。月島の望む痛みや言葉を与えてくれたというのに、どれだけ強請ろうとも、項を噛むことだけは絶対にしてくれなかった。腹の傷は泣いて嫌だと身を捩っても触れられたのに、ベルトの下に隠された項の傷には一度だって触れてくれなかった。
    『それを噛むのは、父親じゃない。絶対に、父親じゃないんだよ、基』
     だから噛まない。鶴見はそう言いながら、何度も月島の顔にキスの雨を降らせた。

     二人の蜜月にはあっという間に終わりが訪れた。ロシアの地で、鶴見が運命の番と出会ったからだ。当たり前だ、こんなにも強く美しく聡明なαに、運命の番が居ない訳がない。月島は素直に二人に祝福を送った。
     その頃丁度日本の大学へ進学を考えていたからちょうどよかった。自分は大学に行くために日本へ帰るから、自分のことはもう全部忘れてくれ。世話になった、恩は必ず返すから、そう告げたというのに鶴見は頷かなかった。それどころか、私はまだ基の父親だからと言って、日本支社へ戻る手続きを済ませて月島と共にロシアを去った。月島は純粋に「この人は馬鹿なのか?」と思った。運命の番に出会って、二人とも痛いくらいに想い合っているというのに、いつか拾った子供の為にその愛を捨てようとしているのか。馬鹿だ、ああ、本当に馬鹿だ。この馬鹿な大人を手放さなければいけない、と月島は決心した。
     月島は大学に入学してすぐに、気のいい友人に協力してもらい彼氏ができたということにした。鶴見に挨拶もして安心させた。全ては芝居だったが仕方のないことだ。そうしてすぐに鶴見の運命の番に——、フィーナに手紙を送った。二人が暮らす今の家の住所と電話番号、それから日本行の飛行機のチケットを。それは最早賭けだった。でも必ず勝つ賭けだということも分かっていた。彼女の鶴見への愛は、本物だったから。
     月島が信じた通り、フィーナは身一つで日本にやって来た。目を白黒させながらフィーナからの熱い抱擁を受け取る鶴見に、月島は疼く傷口を必死で見て見ぬ振りしながら言ったのだ。
    『自分はもう十分貰いました。もう子供じゃありません。一人でも生きていけます。一人でも、傷を抱えられます。だから鶴見さんはそろそろ観念して幸せになってください』
    『……知らない間に狡い大人に育ったな』
    『貴方を見て育ったんですよ』
     鶴見は降参だ、と笑った。月島は家を出て一人暮らしを始めて、二人は間もなく結婚した。あの地獄のような蜜月は、二人以外誰も知らないまま。


    隣に立っているフィーナにクスクスと笑われて、自分が無意識で鼻歌を歌っていることに気が付いた。月島は皿を拭きながら少し恥ずかしそうにすみません、と謝った。
    「謝らないで。可愛くってつい。ごめんなさい」
    「いえ、そんな」
    「ハジメはすっかり子守歌が上手になったわね。オリガったら、私が歌うときより喜ぶんだもの」
    「そう、でしょうか」
    「ええ。ハジメは子守歌が上手ね。きっといい親になるわ」
     フィーナは穏やかに笑いながらコップを水にさらす。月島は無言で皿を拭きながら、寝室で眠る鶴見とオリガを思った。運命の番から生まれた、祝福の子。彼女はきっと将来強く美しい人間になるのだろう。
     鶴見とフィーナの元に子供が生まれて、早くも半月が経とうとしていた。月島は大学に通いながら、週に一度はフィーナの強い希望もあって、こうして同じ食卓についていた。二人が暮らす家には当たり前のように月島の部屋が用意されていて、それに嬉しく思う反面息苦しく思うこともあった。
     三人を見つめていると、ああこの世にはこんなに美しい世界があるのだな、と救われる気がする。だけどそれと同じ分だけ、自分は一生あの美しい世界には行けないのだ、と思い知らされる。項が痛む。腹の傷が痛む。お前は獣なのだと、焼き付けられた痕はいつだって月島をせせら笑う。
     フィーナは、いつかきっと役に立つからと言って月島に子守歌を教えた。赤ん坊の抱き方も、ミルクの作り方も教えた。まるで、いつか月島もフィーナたちと同じ世界に行けるのだと信じているようだった。

     ライトの下、光を受けて煌めく彼女の白い腕を盗み見る。傷一つない、真っ白で美しい肌だった。拘束の痕も、火傷の痕も、青痣もない。真っ当な愛だけを受け取っているのだと一目で分かった。
     ——ふ、と。月島の思考に薄暗い影が差した。彼女は鶴見に手酷く扱われたことがあるのだろうか、と。
     無理やり強請った末に、月島の為だけに特別に誂えられた嗜虐性。それは今もどこか鶴見の心に根差していないか。僅かでも、あの蜜月の余韻がどこかにないのだろうか。あの、二人だけの歪な愛の日々が、少しだけでも今の鶴見を構築する要素になっていないだろうか。それならば、彼女は一瞬でも鶴見の苛烈な一部に触れたことがあるのではないか。褥は人の本能を暴き出す。月島との地獄の想い出が、一欠片でも鶴見の中に傷を残していたら。
    それは、どんなに、幸せか。そんなことを、思ってしまった。思ってしまって、知らずの内に、愚かな口は動いていた。
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