小さな秋の訪問者 コンコンと玄関を叩く音に次いでインターフォンが鳴る。こんな時間にと思いつつもさしたる警戒も無く玄関を開けた。
「とりっくおあとりぃーとっ!」
「うぉっ」
一字一句元気な声に襲撃され思わず身を引く。目の前にはこの時期ならではの仮装をした低学年くらいの子供が二人。一人は魔法使いというより魔女のような大きな鍔の三角帽子にマント。一丁前に立派な杖と南瓜のランタンを持っている。もう一人は白い布おばけ。ベタなお化けの被り物というよりは布団カバーをそのまま被ったかのように四角い四隅が頭の上で耳のようになっている。此方は空のバスケットを持ち控えめに俺に差し出している。
「あぁ、いやお前達親御さん……保護者は何処だ?」
時刻は午後九時前。流石に訪問するには遅すぎる時間だ。ましてやこんな幼子だけで出歩くには危険すぎる。
「とりっくおあとりいとっっ」
「うわっ、おいこら! やめなさいっ」
己の顔ほどもありそうなジャック・オー・ランタンを振り回さんばかりに迫ってくるチビ悪童。おいそれ本物の蝋燭じゃないか
「基さん、どうしました?」
「あ、ヒャク」
夜分に似つかわしくない喧噪を怪訝に思った百之助が顔を覗かせ眼を見開く。
「おいお前等。餓鬼は寝る時間だ。とっとと帰れ」
「とりっくおあとりぃーとおーーっっ」
馬鹿でかい声で叫ぶ三角帽子がへの字口で睨み、其れを制するようにシーツおばけが両手で籠を支え俺達に差し出す。
「あー……うん」
大人としてすべき対応は判っている。幾らイベントとはいえ子供だけで夜中に出歩く事の危険性を説き保護者の元に帰す。しかし俺も百之助も幼き頃を一人で暮らしていた経験がある。それこそ補導された事だって。それぞれ話したくない事情は何歳であろうと抱えているものだ。互いに顔を見合わし頷く。
「わかった、わかった少し待ってろ」
百之助に見張りをさせ部屋に戻る。
「とはいえ、まいったな」
今俺達は百之助のばあちゃんの家に居る。事の発端は古くからの友人と旅行に出るので家を空けると連絡が来て今日だけでいいから家に居てくれないかとお願いされたのだ。なんでもこの時期はハロウィンにあやかって子供達が近所の家々を周りお菓子を貰うのが通例になっていて、留守にしてがっかりさせるのが忍びないと百之助に打診があり、どうせならと二人で有休を取りありがたく留守番を仰せつかった。
「昼間全部配っちまったか」
恒例行事になっているのは本当らしく、朝から近所の幼稚園や小学校の児童達が数人で家に回ってきていた。(おばあさんが居るものと思っていたのに人相の悪いオッサン二人に出迎えられ半数は泣きそうになっていたが) おばあさんがきちんと用意してくれていたので夕方までに来た子供達できれいにお菓子は無くなっていた。
「どうしたもんか……」
俺も百之助もクッキーやら飴玉の類いは普段からあまり食せず、スナック菓子も自宅では無いのでストックが無い。取り敢えず目に付いたものを手に取り玄関へ戻った。
「えーと、ハッピーハロウィーン?」
意外と面倒見のいい百之助がちびっ子を宥めてくれていたのを幸いに手にしたビーフジャーキーを差し出す。今夜の晩酌のアテにと途中のコンビニで調達していたものだ。
「あー、これは大人のおやつ……いやお菓子だぞ?」
苦しい言い訳に呆れた顔をしている百之助とは裏腹に、ぱぁっと顔が明るくなった魔法使い見習いはぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「おぉ、よかった。めざしもいるか?」
同じく小袋の焼きめざしを見せるとくり抜かれたおばけの布から覗く大きな瞳がきらきらと輝き嬉しそうなのが伝わってきた。
「なんだお前達、将来は酒飲みだな」
笑いながらバスケットに入れてやると二人はクルリと一回転をしペコリと頭を下げ駆け出した。
「気を付けて帰るんだぞー転ぶなよー」
小さな背中を微笑ましく見守る。
「大丈夫ですかね」
「この時期は巡回強化してるって云ってたし余所者の俺等が付いてく方が不審に思われるだろ……て、ん?」
去って行くマントと布がひらりと捲れふわふわとした尻尾のようなものが見えた。ずり落ちそうな帽子からは三角の耳のようなものも見える。
「二重の仮装か? 凝ってるなぁ……えっ?」
突然吹き込んだ秋風に顔を押さえた刹那、ハロウィンの衣装を纏った二匹の獣が刈り入れの終わった向かいの田圃に飛び込んでいった。
「なぁ、ヒャク……」
「……飲み過ぎましたかね」
のろのろと部屋に戻り空いた二つのビール缶を片づける。お互い無言なのが答え合わせになってしまっている。
「そういえばハロウィンってようは地獄の釜の蓋が開く日らしいですね」
「やめろ」
今は聞きたくないと百之助を睨み付け洗面所へ向かった。
「今日はもう寝るぞ」
「ねえ、基さん」
ドスドスと寝室に向かう俺の手を取り百之助がスルリと横に立つ。
「おばけが怖いから一緒の布団で寝てくれませんか?」
「……おばけが怖いなら仕方が無いな」
布団と百之助に包まれてウトウトと眠りに落ちていく意識の隅に『わふわふみゃうみゃう』と楽しそうな鳴き声が届いていた。
end.